物質的充足の先にある探求|現代に問いかける生きがいの在り方
2026年という時代を迎え、世界中の社会構造や価値観がかつてないほどの速度で変容を遂げるなか、人間の内面的な充足という深いテーマがこれまでにないほどの注目を集めています。単なる物質的な豊かさや社会的な地位の獲得という枠組みを超え、関わるすべての出来事に対して、人間としての存在意義を極限まで問う状況が生まれているのです。その動向は、私たちが日々直面する根源的な問いに対して、極めて示唆に富む事実を提示しています。表層的な成功を手にした後に訪れる、内面的な渇望の深さこそが、今まさに問われているのです。
近年、物語や文化の探求に関連して、いくつかの重要な情報や決定事項が報じられました。
1つ目は、2024年4月2日、国際児童図書評議会による行事において、世代を超えた「物語を通じた精神的なつながり(生きがい)」に関するメッセージが世界に向けて発信されたことです。この日はくしくも童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセン氏の誕生日であり、物語が人間の心にいかに深い充足をもたらすかが改めて共有される重要な契機となりました。
2つ目は、2024年5月に国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)が主導する無形文化遺産に関連する国際フォーラムにおいて、地域に根差した口承文芸や童話が、人々の精神的な良好さに極めて重大な寄与をもたらすという報告が共有されたことです。社会的な評価や金銭的な見返りを一切求めない純粋な伝承活動が、人間の根源的な「いきがい」に直結することが示され、情報が氾濫する現代社会において大きな反響を呼びました。
3つ目は、2024年3月20日に国際連合が発表した「世界幸福度報告書2024」において、アンデルセン氏の故郷であるデンマークが再び世界二位に選出されたことです。その幸福の根底には、他者との強い結びつきと個人の内面的な目的意識が深く関わっていることが実証されました。
これらの動向を前にするとき、長年にわたり複雑に絡み合う課題に向き合い、数知れない重圧を乗り越えながら、ご自身の信じる道を力強く切り拓いてこられた皆様の胸の奥には、言葉にしがたいある種の問いがよぎるのではないでしょうか。これまでの年月、皆様は高度な知性と論理を駆使し、周囲からの多大な期待に応え、見事に役割を果たしてこられました。その歩みと積み上げられた実績は、明白に尊いものです。だからこそ、あらゆる責務を見事に果たし、一つの大きな区切りを迎えた現在、心の奥底において「これからの人生の時間をより価値のあるものにしたい」「大切な人と共に、より有意義な時間を過ごしたい」という、極めて純度の高い渇望が芽生えるのは、必然の帰結と言えます。
世界中で愛される童話を生み出したデンマークの作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセン氏は、次のような言葉を残しています。
「ただ生きるだけでは十分ではない。太陽の光、自由、そして小さな花がなければ」
この言葉が示す通り、複雑な社会のなかで真の輝きを放つ人々の根底にあるのは、外部からの評価や与えられた地位の維持ではなく、自らの内面から湧き上がる純粋な情熱と、独自の探求への果てしない没入です。本記事では、ハンス・クリスチャン・アンデルセン氏の歩んだ究極の葛藤と創造の世界を通して、世界中で注目を集める「IKIGAI」という概念の本質を紐解き、皆様のこれからの時間をより豊潤なものにするための思考の枠組みを探求してまいります。この記事を読み終える頃、皆様は「ikigai」が決して特別な場所にあるのではなく、皆様の日常のなかにすでに存在し、引き出されるのを待っていることに気づかれるはずです。
評価を超越する内なる表現|アンデルセン氏が体現したIKIGAIの核心
国境を越えて広く共感を集める「IKIGAI」という概念ですが、世界規模での普及に伴い、その本質が意図せぬ方向へと歪曲されている現実があります。海外を中心に広まった解釈の多くは、「社会的な需要」や「経済的な対価」といった外部からの評価軸を不可欠な要素として強く結びつけています。その結果、「世の中の役に立たなければならない」「収益や明確な成果に結びつくべきだ」といった成果主義的なプレッシャーが先行し、本来のささやかで個人的な喜びの輪郭をぼやけさせてしまっているのです。
このような誤解を解きほぐし、生きがいの真の姿を浮き彫りにしてくれるのが、物語を紡ぐという極めて個人的な創作の世界です。なぜなら、純度の高い表現活動の根底には、即物的な利益や他者からのわかりやすい拍手喝采は存在しないからです。一篇の童話や物語をこの世に生み出すためには、気の遠くなるような推敲を重ね、自らの内面と深く向き合う孤独な時間が不可欠です。誰の目にも触れず、利益を生み出さない時期が長く続いたとしても、創作者たちがペンを握り続ける理由。それは決して「外界から承認されるため」ではなく、ただひたすらに「自分の内側にある感情や空想を表現せずにはいられない」という内発的な渇望と、その無目的なプロセスに完全に没頭しているからに他なりません。
この真のIKIGAIを見事に体現しているのが、世界的な童話作家として歴史に名を刻むハンス・クリスチャン・アンデルセン氏の生涯です。1805年にデンマークのオーデンセという街で、貧しい靴職人の父親と洗濯婦の母親の間に生まれた彼は、極めて過酷な環境の中で幼少期を過ごしました。当時の社会環境において、貧困層から抜け出すことは極めて困難であり、この生まれ持った境遇は、幼い彼に計り知れない劣等感と試練を与えました。
しかし、この過酷な経験こそが、彼の真の「生きがい」の源泉となります。父親は貧しいながらも文学を愛し、幼いアンデルセン氏に古い物語や戯曲を読み聞かせました。自ら手作りした人形芝居の舞台で遊ぶ経験を通じて、彼は物語というものが持つ無限の可能性と、人間の心を救う力の偉大さに雷に打たれたような衝撃を受けました。現実の過酷さから逃れるように、彼は自らの内面に広がる豊かな想像の世界へと深く入り込んでいったのです。
14歳のとき、彼は俳優やオペラ歌手としての立身出世を夢見て、わずかな資金を握りしめて首都コペンハーゲンへと旅立ちます。しかし、現実は甘くありませんでした。劇団への売り込みは幾度も拒絶され、さらに声変わりによって歌手としての道も完全に絶たれてしまいます。彼は思い通りにいかない経験を繰り返し、深い絶望の淵に立たされました。
その後、17歳になった彼に転機が訪れます。有力な支援者であるヨナス・コリン氏の助けを得て、地方のラテン語学校で学ぶ機会を得たのです。しかし、そこでの生活は想像を絶する苦難の連続でした。自分よりもずっと年下の同級生たちに混じって初歩から机を並べる屈辱に加え、厳格な校長からは彼の貧しい出自や文学への野心を徹底的に嘲笑されました。さらには「詩や物語を書くこと」を固く禁じられ、精神的な虐待とも言える極めて過酷な仕打ちを受け続けた結果、彼は深刻な不安に苛まれ、心は完全に打ち砕かれる寸前まで追い込まれました。
しかし、どれほど外界から才能を否定され、表現を禁じられようとも、彼の中の「物語を紡ぎたい」という情熱が消えることはありませんでした。彼は校長の目を盗み、自らが味わった深い悲しみや孤独、そして社会の片隅に追いやられた者たちの痛みを『瀕死の子ども』という一編の詩として密かに書き上げます。この作品は、名声や称賛を得るためではなく、ただ自らの魂を救済し、やり場のない感情を昇華するためだけに紡がれた純粋な表現でした。
やがて、彼の惨状を知ったヨナス・コリン氏によって学校から救い出されたアンデルセン氏は、コペンハーゲンでの個人指導を経て、見事に大学入学資格試験を突破します。絶望的な抑圧の中で絞り出されたあの一編の詩は高く評価され、彼の文学的才能を世に知らしめる最初の足がかりとなりました。あの過酷な学校生活の中で磨き上げられた「弱き者への深い共感」と「悲しみを美しい物語へと昇華する力」こそが、後に世界中を魅了する不朽の童話群を生み出す最大の基盤となったのです。
彼のこの軌跡は、人間の精神を真に潤すものが、地位の確立や社会的承認といった外形的な成功には存在しないことを示しています。ご自身の原体験から芽生えた純粋な情熱と、目の前の探求にひたむきに向き合う過程そのものが、氏の奥底からとめどなく湧き上がり、決して枯渇することのない深淵なる原動力をもたらしたのです。
これこそが、皆様がこれからの人生において見出すべき「生きがい」の真髄です。長年にわたり、組織の目標達成や利益の最大化という「未来の成果」のために、現在の時間を費やしてきた経験をお持ちの方にとって、次なる段階への移行には「目的のない没入」という感覚の理解が不可欠です。ご自身の活動が、社会的にどのような意味を持つか、あるいはどのような評価を得られるかという外的な基準を1度手放し、ただそのプロセスそのものに深い価値を見出すこと。複雑な利害関係が絡み合う前の段階に存在する、純粋な歓びの体験こそが、枯渇したエネルギーを満たし、精神的な豊かさを取り戻す源泉となります。
逆境と重圧のなかで歓びを見出すプロセス|日常にいきがいを落とし込む方法
極限の重圧のなかにおける純粋な没入を、皆様の日常にどのように落とし込んでいくのか。その過程は、決して劇的な環境の変化を必要とするものではありません。むしろ、現在ご自身が置かれている状況のなかで、物事への向き合い方を段階的に調整していく微細な実践の積み重ねとなります。
この実践的な移行プロセスを見事に体現しているのが、ハンス・クリスチャン・アンデルセン氏の「切り絵(ペーパーカット)」を通じた創作の日々です。彼は生涯を通じて、紙と大きなハサミを用いた極めて精巧な切り絵を作り続け、現在確認されているだけでも1000点以上もの作品を残しました。
旅先や訪問先の邸宅で、彼は子どもたちや大人たちを暖炉の前に集めると、大きなハサミを滑らかに動かし始めました。そして、そのハサミが進むリズミカルな音に合わせて、即興で奇想天外な物語を語り始めたのです。切り落とされた紙のくずが床に落ちていくなか、物語がクライマックスを迎えると同時に、折り畳まれていた紙がパッと広げられました。するとそこには、白鳥や壮麗な城、踊るバレリーナ、あるいは不思議な顔を持つ精霊たちの複雑な姿が、1枚の紙から魔法のように繋がって現れたのです。
この切り絵の制作は、彼にとって出版社から原稿料を受け取るための「仕事」ではありませんでした。また、後世の美術評論家から高い評価を得るための「芸術作品」として計画的に作られたものでもありません。それは純粋に、目の前にいる人々を驚かせて喜ばせ、何より彼自身が指先を動かしながら空想の世界に深く浸るという「プロセスそのもの」を心から楽しんだ結果でした。純粋な遊び心から生み出されたこれらの切り絵は、彼がその場で友人や子どもたちに惜しげもなくプレゼントしたにもかかわらず、受け取った人々によって捨てられることなく大切に保管され続けました。結果として、それらは現在、デンマークの国宝級の芸術作品としてオーデンセの博物館に大切に収蔵され、世界中の人々を魅了し続けています。
そして何より特筆すべきは、このプロセスが彼の文学そのものに与えた結果です。史実によれば、彼は生涯を通じて「偉大な作家として認められたい」という名声への強い渇望を抱き続けていました。しかし、権威ある文学の枠組みに無理に自分を当てはめようとしていた時期よりも、切り絵をしながら目の前の子どもたちを楽しませるような「飾らない、純粋な空想の語り」に没頭したとき、彼の真の才能は爆発的に開花しました。
切り絵の制作を通じて磨かれた、目の前の聞き手を引き込む生き生きとした口語体のエネルギーは、そのまま彼の童話の画期的な文体へと反映されていきました。彼が心から楽しみ、没入していた表現への想いが、結果的に彼自身の知的能力と独自のスタイルを呼び覚まし、当初彼が渇望していた「歴史に永遠に名を刻む偉大な作家」という最高の栄誉を、彼にもたらす最大の原動力となったのです。
この事例は、私たちの「IKIGAI」が単一の役割や目標に固定されたものではなく、状況の変化や思い通りにいかない経験に応じて柔軟に形を変え、何度でも再構築されるものであることを鮮やかに示しています。皆様も、これまでに培ってきた圧倒的な知見や経験を、第一線で目まぐるしく数字を追うという形から、これまではとは違う角度からご自身の内面を深める形へと移行させることで、思いもよらない充足感を得ることができます。
実践の段階としては、まずご自身の役割の再認識から始まります。長年のキャリアのなかで義務化されてしまった行動のなかに、かつて純粋に楽しんでいた知的好奇心や要素が隠されていないかを点検します。次に、その要素を実行する際、一切の効率や成果を度外視し、ただそのプロセスに没頭する時間を意図的に作り出します。そして最終段階として、その没入から得られた知恵や豊かな視点を、見返りを求めることなく他者や次なる世代へ還元していくのです。この一連の流れが、重圧を歓喜へと変えるIKIGAIの実践的な手法となります。
葛藤から生まれる新たな価値|役割の変化に伴うIKIGAIの再構築
知と探求という圧倒的な熱量を生み出す領域において、年齢の推移や役割の変化に直面した際の内面的な転換もまた、IKIGAIの構築という観点から非常に深い洞察を与えてくれます。第一線で社会を牽引し、常に表舞台で数字や結果を出し続けてきた方々が、自身の役割の変化や次なる舞台へ向かう際、新たな価値をどこに見出すのか。その答えのヒントがここにあります。
ハンス・クリスチャン・アンデルセン氏の文学的キャリアにおいて、彼の創作活動は一つの大きな葛藤と劇的な変化を遂げました。当初、彼は自分が「童話作家」としてのみ評価されることを快く思っていませんでした。彼は本格的な長編小説や劇作、あるいは旅行記などを執筆することで、一流の文学者としての名声と確固たる地位を確立したいと強く願望していました。童話はあくまでも余技であり、子ども向けの軽い読み物に過ぎないと考えていた時期があったのです。
しかし、彼が精魂を込めて執筆した小説や劇作が批評家から厳しい評価を受ける一方で、彼が肩の力を抜き、自らの内面にある純粋な感情を投影して書いた童話の数々は、国境を越えて多くの人々の心を激しく揺さぶりました。その代表作である「醜いアヒルの子」や「人魚姫」は、単なる子どものためのおとぎ話ではなく、彼自身の人生の苦難や深い孤独、そして人間の魂の尊厳を見事に描き出したものでした。
もし彼が、外部からの評価や「権威ある文学者としての体裁」、あるいは「ベストセラーを生み出すこと」だけを求めていたならば、この時点で童話の執筆を諦め、大衆や批評家が喜ぶような迎合した作品を書き続けていたでしょう。しかし、彼にとってのIKIGAIは、他者からの承認ではなく、「過去に存在した自らの心の痛みを物語として昇華し、普遍的な真理へと到達すること」という、自らの内なる声との徹底的な対話の中にありました。
彼は決して妥協することなく、自らの役割を「本格的な小説家」から「普遍的な童話を紡ぐ者」へと徐々に再定義していきました。この瞬間の彼の表情には、自らの名声を満たした自己顕示欲などは一切なく、純粋に人間の魂の美しさと悲哀を描き切ったことへの深く満たされた歓喜があったと伝えられています。第一線での過酷な競争や、他者からの批判という試練から解放され、自らの内なる声に従って新たな役割を見出し、対象のために自己を捧げること。このアンデルセン氏の歩みは、数値や成果の追求から解放された「純粋な表現への探求と貢献」が、人間の心に全く新たな生きがいを構築することを証明しています。
海外の歴史においても、この「役割の転換による新たなIKIGAIの構築」を見事に体現した実例が確認されています。ドイツの著名な学者であるヤーコプ・グリム氏とヴィルヘルム・グリム氏、すなわちグリム兄弟の軌跡です。
彼らは当初、極めて優秀な法学者や言語学者として大学での地位を確立し、立身出世を果たすことを目指していました。しかし、ナポレオン戦争などの社会的混乱や深刻な貧困、さらには政治的な理由による大学からの追放処分といった過酷な試練の中で、彼らは自らのキャリアプランを根底から見直すことを迫られます。
彼らがその後に向かったのは、決して安楽な生活ではありませんでした。彼らは、ドイツの農村部に古くから伝わる口承文芸や民話が、時代の波に飲まれて完全に消滅していくことに強い危機感を抱き、それらを収集して記録するという途方もない作業へと完全に自らの役割を移行させました。彼らは名誉ある地位の追求という数字や結果ではなく、農民や市民から直接物語を聞き取り、それを後世に残すための果てしない編纂作業に注力したのです。
結果として、彼らが探求し構築した「グリム童話」は、世界中の文化に深い影響を与え、数多くの人々の心に劇的な変化をもたらしました。何よりも特筆すべきは、彼ら自身が「権威ある学者として脚光を浴びていた頃よりも、失われゆく文化の価値を発掘し、他者の精神的な礎を築く編纂者としての今の役割に、より深く純粋な充足感を得ている」という事実です。自らが第一線で脚光を浴びる舞台から降りた後も、他者の文化を支え、未知の真理を探求するという純粋な貢献が、彼らの心に全く新たな生きがいを構築したのです。皆様にとっても、かつての競争の舞台とは異なる形で、ご自身の経験を他者のために開花させる道が必ず用意されているのです。

完璧な正解を求める重圧の罠|生きがい探求における本質的な誤解
IKIGAIを探求する過程において、多くの方が直面する「つまずきやすい点」について整理しておくことは極めて重要です。現代社会に溢れる情報に触れるにつれ、私たちは無意識のうちにIKIGAIに対する重大な誤解を抱え込んでしまっています。
最も深刻な誤解は、「IKIGAIとは、世界のどこかにすでに用意されているたった一つの『完璧な正解』であり、それを見つけ出しさえすればすべての空虚感が埋まる」という思い込みです。また、「社会全体を変革するような壮大な目的でなければならない」や「万人に理解される立派なものでなければならない」という過剰な期待も、皆様の探求を阻害する大きな要因となります。長年の過酷な責任のなかで、あらゆる課題を論理とデータによって解決してこられた皆様であればあるほど、「自分自身の人生の究極の目的」という難解な問いに対しても、明確な答えを即座に導き出せるはずだという重圧を自らに課してしまいます。なぜ生きがいが見つからないのか、どうすれば見つかるのかという検索されやすい疑問の根源は、この完璧な正解への過度な執着にあります。
この重圧の罠を解くための極めて重要な示唆を与えてくれるのが、ハンス・クリスチャン・アンデルセン氏の生涯を貫いた「孤独と旅」への姿勢です。
彼は生涯独身を貫き、特定の家庭や固定された安住の地を持つことはありませんでした。その代わり、彼はその七十年の生涯において、当時の交通事情では考えられないほど多い二十九回もの国外旅行を行いました。ドイツ、イタリア、イギリス、フランスと、ヨーロッパ中を馬車や鉄道、後には蒸気船を乗り継いで巡り続けたのです。
彼がなぜそれほどまでに過酷な旅を続けたのか。もし彼が「完璧な人生の目的の完了」や「外形的な保身」を優先していたならば、コペンハーゲンの快適な邸宅にとどまり、名声を享受する選択をしたはずです。しかし、彼にとっての真の生きがいは、特定の一つの場所に根を下ろすことや、完成された到達点を見つけることではなく、ただ純粋に「未知の世界に触れ、新しい物語の種を発見し続ける」という果てしないプロセスそのものにありました。
彼は、次のような有名な名言を残しています。
「旅は生きることである」
彼は、社会が押し付ける「定住」や「完成された地位」という重い鎧をすべて脱ぎ捨て、常に変わりゆく景色の中で最も純粋で裸の自分自身へと回帰したのです。
彼のこの行動は、世間の常識に照らし合わせれば異端と映るかもしれません。しかし、複雑な社会的な意義や他者の評価を完全に脇に置き、己の存在そのものに向き合うという究極の没入。完成された正解を手に入れることではなく、ただ真摯に生き抜く「終わりのないプロセス」こそが、彼に最後まで圧倒的な情熱をもたらす最大の基盤となったのです。
これは私たちの生き方にもそのまま通じます。世間が提示する「わかりやすい成功」や「完璧なIKIGAIのモデル」にご自身を無理に当てはめる必要はありません。どうすれば見つかるのかという問いに対する答えは、外部を探索して唯一の正解を探し出すことではなく、日常のなかにすでにある微小な喜びに気づくことにあります。他者には一切理解されなくとも、ご自身だけが深い歓びを感じる独自の指標を大切にすること。それこそが、情報に溢れ、常に何らかの成果を求められる現代において、自らの心を守り、真の充実感を得るための最大の鍵となります。人生という極めて複雑で多面的な営みを、単純な図式で解決しようとすること自体が、皆様の豊かな知性を逆に縛り付ける行為なのです。どうか、すべてを完璧に言語化しようと焦らず、皆様ご自身のなかに生まれるささやかな感情の動きを、ただ客観的に見つめてみてください。
次なる探求への歩み|今日から始める小さな実践
私たちは今、大きな転換点に立っています。地位や実績という過去の遺産に寄りかかるのではなく、今日という日をどう生きるかという、極めて現在進行形の問いに直面しているのです。幾多の試練を越えて物語を紡ぎ続けたハンス・クリスチャン・アンデルセン氏という究極の探求の世界が私たちに教えてくれたのは、いかなる立場や状況にあっても、人間の精神は純粋な没入と他者への貢献によって、何度でも満たされるという事実です。
本記事の重要な視点を三つに集約します。
1つ目は、IKIGAIは探すものではなく、日々の没入のプロセスのなかに自ら見出し、育むものであるということ。
2つ目は、評価や成果から完全に切り離された「無目的な歓び」の時間こそが、精神の豊かさを回復させる源泉であるということ。
3つ目は、自らの役割の変化を受け入れ、他者との関係性のなかに新たな意味を再構築していく柔軟性を持つこと。
IKIGAIの探求もまた、未来の完璧な正解を見つけることではなく、現在この瞬間にある小さな事象に対して、どれほど深く純粋な志と歓びを見出せるかという過程にこそ真の価値があります。
明日から実践できる小さな行動をご提案します。明日、ご自身の生活空間のなかにある「写真」や「絵画」に注目してください。ご自身が過去に深く心を動かされて飾ったものの、日常の風景に完全に溶け込んでしまい、長らく意識を向けていなかった一枚の前に立ち止まります。そして明日の夜、いかなる通知も届かない環境を整え、ただその一枚の色彩や構図、それが描かれた背景に対して、純粋な好奇心を持って三分間だけ眺め直してみてください。かつてご自身の感性がそれに共鳴した瞬間の記憶を呼び起こすようなこの時間が、外的な評価とは無縁の、心を豊かな状態へと導く強力な起点となります。
What will you leave on this planet?(あなたはこの地球に何を残しますか?)
その答えは、決して壮大な宣言のなかにあるのではなく、皆様が明日、目の前の時間をどれほど純粋に、そして深く味わうことができるかという、その決意のなかに存在しているのです。

【執筆・監修:ウィングストン調査研究部】
当財団では、世界中の人々が一度きりの人生を大切な人とともに歩み、
自分らしく輝き続けられる社会の実現を目指しております。
その一環として、日本発の概念である「いきがい(IKIGAI)」に注目し、多角的な研究を行っています。
「海外から見たIKIGAIの受容」や「生涯現役で活躍する高齢女性のライフスタイル分析」など、
共有可能な知見を多数蓄積しております。フォーラムへの登壇、カンファレンスでの発表、
メディア掲載のご依頼につきましては、下記担当までお気軽にお問い合わせください。
一般財団法人ウィングストン・ジャパン財団
担当:田中
【引用元・参考情報】
- 国際児童図書評議会(IBBY)(International Children’s Book Day:国際子どもの本の日とアンデルセンの誕生日に関する公式情報)
- 国際連合教育科学文化機関(UNESCO Intangible Cultural Heritage:Oral traditions and expressions / 口承による伝統と表現に関する公式指針)
- World Happiness Report(World Happiness Report 2024:デンマークの幸福度ランキングと社会的繋がりのデータ)
- The Hans Christian Andersen Centre / オーデンセ大学(Hans Christian Andersen: His Life and Work:生い立ち、コペンハーゲンでの挫折、切り絵の制作、海外旅行の記録)
- The Hans Christian Andersen Centre / オーデンセ大学(Quotes by Hans Christian Andersen:名言の原典確認)
- Britannica(Brothers Grimm | Biography, Stories, & Facts:法学者からの転身と民話収集への没入の史実)
- ScienceDirect(The relationship between Ikigai and psychological well-being)
- BBC Worklife(The Japanese concept of ikigai and the danger of overwork)
- SAGE Journals(Entrepreneurial identity and the pursuit of ikigai)
- 全米キャリア開発協会(NCDA)(Career development and the pursuit of meaning in life)
- 現代ビジネス(西洋版IKIGAIの誤解と、本来の日本的「プロセスへの没入」の価値)
- プレジデントオンライン(地位や名誉を得た40代・50代が直面する「意味の枯渇」への処方箋)
- ダイヤモンド・オンライン(目的を手放し、「今ここ」に集中する心理学的な効果)
- ハーバード・ビジネス・レビュー(結果ではなくプロセスに没頭する「フロー状態」と精神的充足)