組織に息づく生命の熱量|外的な報酬を超えた先にあるもの
長年にわたり、第一線で高度な専門性を発揮し、組織の成長と社会の発展に向けて尽力されてきた皆様。その歩みは、数え切れないほどの困難を乗り越え、目覚ましい実績を積み重ねてきた尊い軌跡です。周囲からの期待に応え、部下を育成し、常に最適な解を導き出してきたその日々は、疑いようのない素晴らしい価値を持っています。
しかし、そうした責任ある役割を完璧に遂行し、物質的にも社会的にも一定の到達点に至った今、ふとした瞬間に胸の奥底をよぎる思いはないでしょうか。日々の業務は滞りなく進み、目標は達成されている。それにもかかわらず、「自分は単に組織の歯車として、高度な機能を果たしているだけではないのか」「この先、自分の命の時間を費やすに足る、本質的な意味はどこにあるのか」という、極めて深く、言葉にしがたい問いです。これからの人生の時間をより価値のあるものにしたい、大切な人と共に、より有意義な時間を過ごしたいというその思いは、知性と感性を高い次元で磨き上げてきたからこそ到達する、非常に自然で高邁な欲求です。
現代の企業経営において、この個人の内面的な充足をいかに組織の力と結びつけるかが、かつてないほど重要な課題となっています。この流れを象徴する出来事が、近年の日本国内の調査や報告において次々と示されています。
2023年9月29日、日本の厚生労働省は「令和五年版 労働経済の分析」を公表しました。この白書の中では、労働者の心身の良好な状態を向上させるためには、労働環境の改善といった「働きやすさ」だけでなく、職務そのものへの内発的な動機づけである「働きがい」を両輪で高めることが不可欠であることが、膨大なデータとともに示されました。単なる労働条件の整備だけでは、人々の心をつなぎ止めることはできないという事実が、国家の公式な見解として明示されたのです。
さらに、2024年5月13日には、経済産業省が「人的資本経営の実現に向けた検討会」の報告書を公表しました。この中では、従業員を単なる労働力として消費する従来の手法は完全に限界を迎えており、一人ひとりの価値観や内面的な充足を企業の競争力の源泉として捉え直すことが、持続的な成長に不可欠であると結論づけています。
そして2023年12月6日、リクルートワークス研究所が発表した「働く個人のエンゲージメントに関する実態調査」において、極めて象徴的な結果が示されました。労働者が企業に対して求める価値観として、「社会的な意義」と「個人的な充実感」の合致を求める声がかつてない水準に達していることが明らかになったのです。人々はもはや、給与や役職といった外的な報酬だけでは満足せず、自らの人生の目的と組織の目的が重なり合う場所を強く求めています。
これらの事実が示すのは、もはや従来の従業員満足度という枠組みだけでは、感性豊かな個人の心を満たし、組織の真の活力を引き出すことはできないという時代の転換点です。必要なのは、より深く、より全人的な概念である「ikigai」を組織のなかに編み込む「いきがい設計」なのです。
スイスの哲学者であるカール・ヒルティ氏は、このような言葉を残しています。
「人間の最大の幸福は、自分の能力を完全に発揮することにある。」
この言葉が示唆するように、組織のなかで自らの能力と存在意義を余すところなく発揮できる状態こそが、真のikigaiへとつながっていきます。本記事では、企業や組織における働きがいといきがいの決定的な違いを解き明かし、組織と個人の境界を溶かし、生命の歓喜を呼び覚ますための具体的な設計図をご提示いたします。
働きがいとIKIGAIの決定的な差異|組織論におけるパラダイムの転換
企業経営や人事の領域において、「働きがい」と「IKIGAI」という言葉は、しばしば混同して使用されます。しかし、この二つの概念は、その根底にある哲学とアプローチにおいて決定的な違いを持っています。この違いを正確に理解することこそが、組織のなかに真の活力を生み出すための出発点となります。
働きがいとは、主に職務そのものや労働環境に対する満足度、そして組織の目標達成に向けた貢献意欲を指します。これは、適切な報酬、公正な評価制度、良好な人間関係、技能向上の機会といった外部からの刺激に対する反応として形成されます。働きがいは、行動や成果に強く結びついており、業績向上や離職防止といった組織の生産性を高めるための極めて重要な要素です。しかし、働きがいは職務や環境に依存しているため、役職の変更、部署の異動、あるいは定年退職といった環境の変化によって、容易に失われてしまうという脆弱性を内包しています。
一方、IKIGAIは、人間の存在そのものに根ざした、より深く、広範な概念です。IKIGAIは、他者からの評価や金銭的な報酬といった外的な要因に依存しません。それは、自分がこの世界に存在していることへの深い肯定感であり、日々の微細な営みのなかに見出す純粋な喜びであり、自らの内側から湧き上がる生命の熱量そのものです。組織におけるIKIGAIとは、従業員一人ひとりが「自分がなぜここでこの仕事をしているのか」「この活動が自分の人生においてどのような意味を持つのか」という深い納得感を持ち、自らの人間性を一切隠すことなく、ありのままの姿で組織に関わっている状態を指します。
この個人の全人的な欲求と組織の目標をどのように結びつけるかという命題は、組織論の歴史において古くから探求されてきました。その先駆者とも言えるのが、20世紀初頭に活躍した米国の経営思想家、メアリー・パーカー・フォレット氏です。
彼女が活躍した1920年代から1930年代の経営学は、「科学的管理法」と呼ばれる、効率性と生産性を極限まで追求する管理手法が主流を占めていました。労働を細分化し、人間から自律的な思考を奪い、労働者を巨大な機械の単なる部品のように扱うこの手法は、事実、短期的には工場の生産性を飛躍的に向上させました。しかし、そこには労働者の内面的な充足や、人間としての尊厳という視点が完全に欠落していました。
フォレット氏はこの非人間的な見方を明確に否定し、組織とは無機質な機械の集まりではなく、複雑な感情と思惑が交差する「生命力に満ちた生きたつながり」であると提唱しました。彼女は、心理学や社会学の知見を経営に持ち込み、人間が本来持っている多様性や個人の意志を組織から排除するのではなく、それらを最大限に活かすことこそが、組織の真の力になると見抜いていたのです。
特筆すべきは、組織内で必ず発生する意見の対立や葛藤に対する、彼女の画期的な洞察です。彼女は、対立の解決には3つの方法があると考えました。1つ目は、権力によって一方をねじ伏せる「支配」。2つ目は、双方が少しずつ我慢をして譲り合う「妥協」。そして彼女が最も重要視した第3の道が、双方の欲求をより高い次元で結びつける「統合」という概念です。
妥協は一時的な平和をもたらすに過ぎず、双方の心に不満の種を残します。しかし、統合は全く異なります。双方の表面的な要求の奥底にある「本当に求めている純粋な欲求」を深く探り当て、両者が共に満たされる全く新しい価値を創造すること。多様性こそが進歩の源泉であるという思想の根底には、個人が自律性を持ち、自らの意志で組織と関わることで生まれる、圧倒的なエネルギーへの深い信頼がありました。
彼女が提唱したこの統合の思想は、100年の時を超えた現代における「いきがい設計」の核心を見事に突いています。従来の組織運営は、個人の欲求を犠牲にして会社の目標に従わせる「支配」か、給与や福利厚生を与える代わりに個人の時間を会社に提供させる「妥協」のいずれかに偏りがちでした。働きがいという言葉すらも、会社にとって都合の良い動機づけとして利用される側面がありました。
しかし、真のいきがい設計が目指すのは、個人と組織の「統合」です。組織の目標を一方的に個人に押し付けるのではなく、個人の内面にあるIKIGAIの源泉(何に喜びを感じ、どう在りたいか)を深く理解し、それと組織の存在意義が重なり合う結び目を見つけ出すこと。個人が会社のために自己を犠牲にして働くのではなく、「自らのIKIGAIを体現するための最高の舞台として、この組織を選び、主体的に活用している」という意識の転換を起こすことです。
この統合が果たされたとき、従業員は与えられた役職や肩書きという枠を越え、一人の人間としての全エネルギーを業務に注ぎ込むようになります。これこそが、単なる従業員満足度や働きがいという枠組みを超越し、組織と個人の間に枯渇することのない生命エネルギーの循環を生み出す、真の転換点なのです。
組織のなかにIKIGAIを編み込む設計図|段階的な意識の変革
では、この深く個人的な概念であるIKIGAIを、効率と成果が求められる企業や組織のなかに、どのようにして編み込んでいけばよいのでしょうか。それは、制度や手順書を導入して即座に完了するようなものではありません。人と人との繊細な対話を通じて、時間をかけて土壌を耕し、意識の変革を促していく段階的な過程が必要です。
第一の段階は、個人がどう在りたいかという価値観の言語化と、その徹底的な受容です。
組織のなかで、私たちは常に何ができるか、何を達成したかという成果の側面から評価されます。しかし、いきがい設計の第一歩は、その鎧を一旦脱ぎ捨てることから始まります。役職や肩書きに関係なく、自分はどのような瞬間に純粋な喜びを感じるのか、人生において何を最も大切にしたいのかという、極めて個人的な価値観を言語化する機会を設けるのです。
ここで極めて重要なのは、組織側がその個人の価値観を評価しない、否定しないという絶対的な安心感を担保することです。個人のIKIGAIは、必ずしも会社の利益に直結する美しいものである必要はありません。趣味への没頭であれ、家族との平穏な時間であれ、その人の命を燃やす源泉であれば、それが正解なのです。組織はまず、従業員一人ひとりが固有のIKIGAIを持つ一人の人間であることを、深く尊重し、受容する姿勢を示す必要があります。
第二の段階は、個人のIKIGAIと組織の目的の結び目を見つける、深い対話の実践です。
個人の価値観が明確になった後、次に行うべきは、その個人的な喜びや意義が、組織が目指す方向性とどのように交差するかを探求する過程です。これは、上司から部下への一方的な面談ではなく、同じ人間としての対等な対話として行われます。
過去に、多くの企業が従業員の意欲を高めるという名目で、目標管理制度の中に個人の夢や目標を無理やり組み込もうとして、行き詰まりを見せた例が無数に存在します。会社の目標に合致しない個人の思いは排除され、結果として従業員は会社が喜ぶ模範解答を書くようになり、対話は完全に形骸化してしまいました。これを打破するのは、完全に一致させる必要はないという相互理解です。完全に重ならなくても、ほんのわずかな重なり、例えば顧客の笑顔を見るのが好きという個人の喜びと、最高の役務を提供するという企業理念の重なりを見つけ出し、そこに光を当てるだけで十分なのです。
第三の段階は、日々の業務のなかに自己裁量と意味づけを付与することです。
結び目が見つかったならば、それを日常の行動に落とし込みます。どれほど細分化された業務であっても、この仕事は誰のどのような痛みを和らげ、どのような喜びを生み出しているのかという全体像と意味を共有します。そして、目的を達成するための過程において、個人に最大限の裁量を委ねます。自らの頭で考え、自らの工夫で事態を好転させていく過程そのものが、強烈なIKIGAIの体験となるからです。
この個人の内面から湧き上がる喜びを、組織の圧倒的な熱量へと変換した歴史的な実例として、本田技研工業の創業者である本田宗一郎氏の姿勢が挙げられます。
本田宗一郎氏は、経営の頂点に立ってからも、立派な社長室に留まることを極端に嫌いました。彼は純白の作業着のまま工場の現場に立ち、従業員たちに混ざって油まみれになりながら、発動機に触れ続けることを何よりも愛しました。彼の行動の源泉は、会社を規模の面で大きくしようという外発的な動機や、経営者としての権威を誇示することには全くありませんでした。ただ純粋に、どうすればもっと面白いものができるか、どうすれば誰も見たことのない画期的な技術を生み出せるかという、内側から湧き上がる果てしない好奇心と、ものづくりへの深い愛情に従って行動していたのです。
彼は自らの発言の中で、人生の最大の喜びは自分がやりたいことをやり、それが他人の役にも立つことだという主旨の哲学を貫きました。それは、経営者としての義務感からではなく、一人の技術者としてのIKIGAIそのものでした。彼は新しい技術の難題に直面すると、寝食を忘れて没頭し、納得がいくまで何度でも試行錯誤を繰り返しました。その姿は、従業員たちから見れば、単なる雇用主という枠を超えた、圧倒的な熱量を持つ技術の探求者そのものでした。
この本田宗一郎氏の姿勢は、単なる労働条件の向上や給与といった外部からの働きがいの提供をはるかに超え、ともに働く技術者たちの心に強烈な影響を与えました。彼らは、組織の長が誰よりも目を輝かせて業務に没頭している姿を見ることで、「自分たちも、自分の好きなこと、面白いと思うことをとことん追求していいのだ」という深い安心感と、挑戦への許可を得たのです。結果として組織全体が、上層部から指示されたものをただ生産する場所から、従業員一人ひとりが自らのIKIGAIを発揮し、新しいものを創造する実験場へと劇的に変容していきました。
従業員たちは、本田宗一郎氏の熱量に共鳴し、自らの内面にある純粋な欲求と組織の目標を見事に統合させていきました。そこには、会社から強制されているという感覚は微塵もありませんでした。それぞれが持つ独自の発想や技術に対する情熱が結集し、結果として世界を驚かせるような革新的な製品が次々と生み出される巨大な原動力となったのです。
組織の牽引者が、自らのIKIGAIを隠すことなく体現し、純粋な歓びをもって業務に没頭する姿を見せること。そして、その熱量をもって従業員一人ひとりの内面にある欲求を肯定し、彼ら自身の探求を後押しすること。それこそが、いかなる精緻な人事制度や評価の仕組みよりも強力に、従業員一人ひとりの心の奥底にある生命の熱量を呼び覚ます、最も確実ないきがい設計の実践なのです。
役割を超越した個人の目覚め|組織文化が変容する軌跡
組織がいきがい設計を取り入れ、働きがいという外部要因から、IKIGAIという内発的なエネルギーへと重心を移したとき、実際にどのような変化が起きるのでしょうか。ここでは、ある巨大な組織において、徹底的に従業員の人間性とIKIGAIを尊重し、それを圧倒的な競争力へと昇華させた実在の企業と、その立役者の軌跡を描写します。
米国を拠点とするサウスウエスト航空は、航空業界において極めて特異で、かつ圧倒的な成功を収めている企業です。この組織の基礎を築き上げた共同創業者、ハーブ・ケレハー氏は、組織と個人のあり方について、当時としては常識外れとも言える独自の哲学を持っていました。
ケレハー氏はもともと有能な法律家でした。1967年に「誰もが手軽に空の旅を楽しめるようにしたい」という理念のもと航空会社の設立を思い立ちますが、既存の大手航空会社から猛烈な法的妨害を受けます。実際に初飛行を果たす1971年まで、実に4年もの間、法廷での過酷な闘争を強いられました。この困難な時期に彼を支えたのは、単なる利益の追求ではなく、純粋な情熱と、共に戦う仲間への深い愛情でした。
多くの企業が顧客を第1に掲げ、従業員をその目的を達成するための手段として管理統制していた時代に、ケレハー氏は明確に従業員を第1に掲げました。従業員を大切に扱えば、彼らは顧客を大切に扱う。顧客が大切にされれば、彼らは再び戻ってきてくれる。それが結果として出資者を喜ばせるのだという、極めて単純でありながら本質的な真理です。
彼は経営の頂点に立ってからも、決して権威を振りかざすことはありませんでした。自ら荷物の積み下ろしを手伝い、客室乗務員と共に機内の清掃を行い、何千人もの従業員に直接手紙を書き、彼らの名前や家族のことまで記憶していました。また、企業間で宣伝文句の商標権を巡る対立が起きた際には、法廷での泥沼の争いを避け、相手企業の経営者と腕相撲で決着をつけるという前代未聞の催しを提案し、世間を驚かせました。このような行動は、単なる奇をてらったものではなく、彼自身の「ユーモアを愛し、人を喜ばせる」という純粋な個人的欲求の体現そのものでした。
彼の真の偉大さは、単に従業員の労働環境を充実させたことにはありません。彼は、従業員が自らのIKIGAIと人間性を、一切隠すことなく職場に持ち込むことを全面的に許容し、推奨したのです。
航空会社の業務は、安全管理という極めて厳格な規律の上に成り立っています。そのため、通常は手順書による徹底した管理が行われ、従業員は制服を着た役割として振る舞うことが求められます。しかしケレハー氏は、手順書で行動を縛ることを極端に嫌い、技能よりも「他者を思いやり、楽しませることができるか」という人間としての基本的な態度を採用の最優先事項としました。彼は従業員1人ひとりが持つ人を楽しませたいという純粋な欲求といった、個人的な特性を、機内での案内や接客の場において自由に発揮することを推奨したのです。
ある時、機内での安全説明の案内を、1人の客室乗務員が独自の手法でユーモアたっぷりに披露しました。規律や前例に縛られた組織であれば、ただちに処罰の対象となる行為です。しかし、ケレハー氏と組織はこれを賞賛しました。その乗務員にとって、人を楽しませることは自らの存在意義であり、それを業務という場を通じて最大限に発揮した結果、乗客にこれまでにない喜びと驚きを提供したからです。
このような役割を超えた、ありのままの自分での貢献が許される文化は、従業員たちに劇的な意識の変化をもたらしました。彼らは会社から与えられた仕事をこなすという受動的な態度から、自らの喜びや得意なことを通じて目の前の人に最高の体験を提供するという能動的で創造的な態度へと完全に移行したのです。
この個人的な目覚めは、組織全体に驚異的な連鎖を生み出しました。互いの人間性を尊重し合う風土が根付き、誰かに指示されずとも自発的に顧客のために走り回る従業員の姿は日常となりました。結果として同社は、テロ事件や経済危機といった航空業界を襲う数々の困難な時期においても従業員の解雇を行うことなく、約50年にわたり連続して黒字を達成するという驚異的な経営状態を維持し、圧倒的な実績を証明したのです。
ハーブ・ケレハー氏の軌跡が教えてくれるのは、組織の目標と個人のIKIGAIは決して対立するものではないということです。むしろ、組織が個人の内面にある純粋な喜びや特性を深く理解し、それを発揮するための広大な土壌を提供したとき、個人は与えられた役割や働きがいといった枠組みを軽々と飛び越え、自らの命を輝かせながら、結果として組織に想像を絶する熱量と成果をもたらすのです。これこそが、いきがい設計がもたらす、組織と個人の最も美しい調和の形です。

いきがい設計を阻む目に見えない壁|内なる問いとの向き合い方
組織のなかにIKIGAIの概念を取り入れ、深い充足感をもたらす文化を築こうとする過程において、多くの企業や指導層が陥りやすい、目に見えない障壁が存在します。これらを事前に把握し、適切に向き合うことが、真の変革を成し遂げるための鍵となります。
最も多くの組織が陥りがちな深刻な誤解は、個人のIKIGAIを、組織側が管理や評価の対象にしてしまうという点です。
IKIGAIという概念の重要性を認識した経営層が、これを人事評価の項目に加えたり、目標管理の書類にあなたのIKIGAIは何かと記入させ、その達成度合いを測ろうとすることがあります。しかし、これは致命的な過ちです。IKIGAIは、他者から与えられたり、外部の基準によって評価されたりするものではありません。それは極めて個人的で、時に脆く、本人の内側にのみ存在する神聖な領域です。
組織がそれを評価しようとした瞬間、IKIGAIは会社が期待する正解へとすり替えられ、本来の純粋な生命の歓喜は失われてしまいます。会社の利益に直結するような壮大な生きがいを持たなければならないという重圧は、従業員に強い罪悪感や疲弊感をもたらします。いきがい設計において組織がなすべきことは、個人のIKIGAIを管理することではなく、それが自然と湧き上がり、発露するのを安全に見守り、受容する環境を整えることだけなのです。
また、実践の場において頻繁に直面する問いがあります。それは、会社の事業内容や目標と、自分個人の生きがいがどうしても一致しない場合はどうすればよいのかというものです。
この問いに対して、すべてを完璧に一致させなければならないと思い悩む必要は全くありません。日本の組織風土の改革において多大な功績を残した、アサヒビールの中興の祖である樋口廣太郎氏の軌跡が、その手掛かりを与えてくれます。
1986年、彼が経営の頂点に就任した当時のアサヒビールは、市場占有率が10パーセントを割り込み、長年の業績低迷により、組織全体が重い停滞感に包まれ、従業員は自信を失っていました。金融機関から赴任した樋口氏は、この硬直化した組織を動かすために、緻密な財務の再建策や厳しい数値目標を振りかざすことはしませんでした。彼が最初に行ったのは、全国の工場や営業所を自らの足で歩き回り、現場の従業員1人ひとりと徹底的に向き合うことでした。
彼は上意下達の指示で行動を強制するのではなく、「あなたはどうしたいのか」「何をしている時が1番楽しいのか」という、内面にある純粋な欲求に火をつける対話を繰り返しました。当時の社内には、挑戦して期待通りの結果が出ないことを恐れる萎縮した空気が蔓延していましたが、樋口氏は「何もしないこと」こそが最大のリスクであると説き、従業員の意識を根本から解き放ったのです。
従業員のなかには、当初は自社の製品を売ること自体にはIKIGAIを見出せない人もいたかもしれません。しかし、樋口氏との対話を通じて、自分の発案で部署の雰囲気を明るくすることや、鮮度を保つための新しい物流網を考えること、後輩が成長していく姿を見守ること、あるいはこれまでの業界の常識を覆すような奇抜な企画を練ることといった、それぞれの固有の喜びに気づいていきました。
樋口氏は、その個人の純粋な欲求を徹底的に肯定しました。行動に移すための権限と予算を惜しみなく現場へ委ね、決裁にかかる印鑑の数を大幅に減らすことで、従業員が自らのアイデアを即座に実行できる環境を整えたのです。
会社の事業目的と、個人のIKIGAIは、直接的には一致していないように見えます。しかし、個人が自らのIKIGAIを組織のなかで自由に発揮できるようになった結果、従業員の目に生気が戻り、部門間の壁が崩れました。自分の内側から湧き上がるアイデアが形になる喜びを知った従業員たちの信じられないほどの活力が組織全体に満ちていき、その圧倒的な熱量の連鎖が、のちに日本の市場構造を根本から変える歴史的な新商品の誕生という大躍進の原動力となり、劇的な業績の回復をもたらしたのです。
皆様がご自身の組織において、あるいはご自身の人生において直面する迷いも、これと同じです。組織の目指す方向と、ご自身の、あるいは部下のIKIGAIが、完全に重なる必要はありません。ただ、その人がその人らしくいられるための結び目を見つけ出し、それを組織という舞台で表現することを許容する。その大らかな受容の姿勢こそが、いきがい設計を阻む見えない壁を突破し、組織を真に生きた生命体へと進化させるための、最も力強い手法となるのです。
次なる世代へと手渡す豊かな組織の形
ここまで、企業や組織における働きがいという外発的な動機を超え、個人の全人的な充足であるIKIGAIをどのように組織に編み込んでいくか、その設計図と実践の軌跡についてお話ししてきました。今回の内容の重要な視点は、以下の三つに集約されます。
第一に、行動や成果に対する満足感である働きがいと、存在そのものの肯定と純粋な歓びであるIKIGAIを明確に区別し、後者を組織の基盤として据えること。
第二に、個人のIKIGAIを組織が管理や評価しようとする罠を避け、安全な環境のなかで純粋な対話を通じて、互いの価値観を深く受容し合うこと。
第三に、組織の目的と個人のIKIGAIを完全に一致させる必要はなく、ほんのわずかな結び目を見つけ、日々の業務のなかに自己裁量と意味づけを付与すること。
明日からご自身の組織や集団ですぐに実践できる、極めて小さな、しかし確実な行動を一つご提案いたします。次回の部下や同僚との対話の場において、現在の業績や目標達成度合い、課題の解決策といった業務に関する話を最初の五分間だけ完全に封印してみてください。そして、最近、仕事以外でも構わないので、時間を忘れて没頭したことや、純粋に面白いと感じたことは何ですかとだけ問いかけ、いかなる評価も助言も交えずに、ただその方が語る言葉と感情の機微に深く耳を傾けてみてください。相手の内面にある純粋な喜びに触れるその短い時間こそが、組織と個人の境界を溶かし、真の信頼関係と生きがいを育むための強力な第一歩となります。
古代ローマの哲学者であり、政治家としても多大な足跡を残したマルクス・トゥッリウス・キケロ氏は、このような言葉を残しています。
「感謝は最高の美徳であるだけでなく、他のすべての美徳の親である。」
ご自身がこれまで組織を牽引し、懸命に生きてきた軌跡、そして共に働く仲間たちがそこに存在してくれていること。その事実そのものに対する深い感謝の念こそが、すべてのいきがい設計の土台となります。
皆様が培ってこられた圧倒的な知見と経験は、これからの人生において、ご自身のためだけでなく、周囲の人々の心に命の歓喜を呼び覚ますための、かけがえのない財産です。自らのIKIGAIを偽りなく体現し、他者のIKIGAIを温かく受容する豊かな組織の形は、必ずや次なる世代へと美しく受け継がれていくことでしょう。
What will you leave on this planet?(あなたはこの地球に何を残しますか?)
この深遠なる問いに対する皆様だけの答えが、これからの日々のなかで、あたたかな光を放ちながら紡ぎ出されていくことを、心より願っております。

【執筆・監修:ウィングストン調査研究部】
当財団では、世界中の人々が一度きりの人生を大切な人とともに歩み、
自分らしく輝き続けられる社会の実現を目指しております。
その一環として、日本発の概念である「いきがい(IKIGAI)」に注目し、多角的な研究を行っています。
「海外から見たIKIGAIの受容」や「生涯現役で活躍する高齢女性のライフスタイル分析」など、
共有可能な知見を多数蓄積しております。フォーラムへの登壇、カンファレンスでの発表、
メディア掲載のご依頼につきましては、下記担当までお気軽にお問い合わせください。
一般財団法人ウィングストン・ジャパン財団
担当:田中
【引用元・参考情報】
- 厚生労働省 公式HP(令和5年版 労働経済の分析)
- 経済産業省 公式HP(人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書)
- リクルートワークス研究所 公式HP(働く個人のエンゲージメントに関する実態調査)
- 本田技研工業株式会社 公式コーポレートサイト(語り継ぎたいこと:ホンダの原点・本田宗一郎の哲学)
- サウスウエスト航空 公式コーポレートサイト(About Us:ハーブ・ケレハー氏の理念と歴史)
- アサヒグループホールディングス 公式HP(アサヒの歴史:組織風土改革の軌跡)
- 国立国会図書館デジタルコレクション(メアリー・パーカー・フォレット氏の動態的組織論に関する学術論文)
- 青空文庫(カール・ヒルティ氏著『幸福論』公開データ)
- 京都大学学術情報リポジトリ(マルクス・トゥッリウス・キケロ氏の哲学と思想に関する研究論文)