相田みつお氏の言葉が導くIKIGAIの本質|ありのままの自分を肯定する生きがいとは

現代社会が抱える内面的な問いとIKIGAIの再定義

現代という激動の時代において、自らの足跡を振り返り、これからの命の時間をいかに過ごすべきかという問いは、知性と感性を磨き続けてきた方ほど切実なものとなります。これまでの数十年、組織や家族のために尽力し、一定の達成を得た後に訪れるのは、単なる休息の欲求ではなく、自らの存在そのものが放つ本質的な意味への渇望ではないでしょうか。「これからの人生の時間をより価値のあるものにしたい」「大切な人と共に、より有意義な時間を過ごしたい」という思いは、これまで全力で駆け抜けてきたからこそ辿り着いた、極めて純粋で品格ある問いです。

近年、この「生きがい」や内面的な充足に関わる重要な公表データが、国内外の機関から相次いで報告されています。

1つ目は、2024年3月26日、株式会社日本総合研究所が「高齢者の生きがい等意識調査2024」を発表したことです 。この調査では、年齢を重ねるにつれて、物質的な豊かさ以上に、他者との精神的なつながりや自己肯定感が、日々の生活における充実感の源泉となることが示されています 。

2つ目は、2024年12月12日、ソニー生命保険株式会社が発表した「47都道府県別 生活意識調査2024」です 。この詳細な調査結果からは、日本各地の生活者がどのような瞬間に「生きがい」を感じているかが浮き彫りになり、特に身近な人間関係や自己の納得感が、都市部や地方を問わず共通の幸福指標となっている実態が確認されました 。

3つ目は、2025年5月15日には、宮本亞門氏が企画・脚本・監督を務めるショートフィルム『生きがい IKIGAI』の制作と公開が発表されたことです 。世界中でIKIGAIという概念が注目を集めるなか、映像芸術という形でその深い意味を探求する試みは、物質的充足を超えた内面的な豊かさが、現代人にとってどれほど切実な課題であるかを如実に物語っています 。

皆様が抱いている問いは、こうした社会全体の潮流とも重なる、非常に本質的なものです。かつて、独自の書体と平易な言葉で、数多くの日本人の心に温もりを届け続けた書家であり詩人の相田みつお氏は、このような言葉を残しています。

「しあわせは いつも じぶんのこころが きめる」

この短くも奥深い言葉は、相田みつお氏ご自身の壮絶な探求の末に紡ぎ出された、人生の力強い指針です。氏は若い頃、伝統的な書道の世界において、いかにして権威ある賞を得るか、いかにして他者から高く評価されるかという外部の物差しに従って生きていました。しかし、その道を突き詰めるほどに「自分の本当の言葉ではない」「自分を良く見せようとしているだけではないか」という強烈な違和感に苛まれ、思い通りにいかない苦渋の時期を長く過ごされました。

その葛藤の果てに氏がたどり着いたのは、世間が定めた「幸福の形」や「成功の基準」をすべて手放し、ご自身の内側から湧き上がる純粋な感情だけを信じ抜くという境地でした。他者がどれほど「あなたは恵まれている」と称賛しても、本人の心が満たされていなければ、それは真の幸福ではありません。逆に、どれほど困難な状況に置かれ、思い通りにいかない環境にあっても、本人の心が「今、自分は生きている」という充足を感じていれば、そこには揺るぎない幸せが存在します。

長年、組織やご家族のために尽力され、社会の第一線で重責を担ってこられた皆様は、知らず知らずのうちに「他者から見て立派であること」や「周囲の期待に応えること」を優先し、ご自身の心の声を後回しにしてこられたのではないでしょうか。すでに社会的な実績や地位を築き上げられた今、皆様の胸の奥底にある空虚感は、外部の評価という物差しでは決して測ることのできない領域に達しています。

「しあわせは いつも じぶんのこころが きめる」。この言葉は、私たちに「幸福の決定権を、ご自身の手に取り戻してください」と優しく語りかけています。私たちが人生で経験する思い通りにいかないことや、社会的な評価という外部の基準を離れ、自分自身の内側にある感覚こそが最も尊い基準であるという真理を突いているのです。本記事では、相田みつお氏の果てしない創作の軌跡を辿りながら、皆様のいきがいをより深く、より美しく育むための本質的な道筋を提示いたします。

 

ありのままを肯定する哲学とIKIGAIの根源

「生きがい」という言葉の本質を理解するには、その言葉がどのような文化の中から生まれたのかを見つめる必要があります。語源をたどると、ikigaiは「生きる」という言葉と、「甲斐」という語が結びついて生まれたとされています。この「甲斐」は、手応えや意味、心の満足を表す言葉です。さらにこの語は、平安時代に人々のあいだで大切にされていた貝殻に由来するといわれています。当時の人々は、無数の貝の中から美しい一対を選び、その繊細な美しさを味わいながら、日々の暮らしの中に静かな喜びを感じていました。

この「自ら価値を定義し、見出す」というIKIGAIの根源的な性質は、相田みつお氏の哲学形成において、極めて鮮烈な形で具現化されています。氏の創作活動の原点は、伝統的な書道の世界における葛藤と、自己の探求にありました。若い頃から書道に励み、数々の公募展で入選を重ねていた氏は、当初、いかにして立派な文字を書くか、いかにして権威に認められるかという、外的な価値を追い求めていました。

相田みつお氏は、広く知られるあの親しみやすい書体からは想像しがたいかもしれませんが、もともとは伝統的な書道において極めて高い技術を持つ人物でした。旧制中学を卒業後、本格的に書を学び始め、20代の頃には権威ある公募展で何度も入選を果たすなど、書家としての輝かしい将来を嘱望されていました。当時の氏は、古典の模写に明け暮れ、「いかにして美しく、立派な文字を書くか」という技術の向上に全精力を注いでいました。

しかし、賞賛を浴びる一方で、氏の心の中には次第に埋めることのできない空虚感が広がっていきました。伝統的な書道では、昔の偉大な詩人や思想家の言葉を「借りて」書くことが一般的です。氏は、どれほど見事な筆さばきで古典を描き出しても、それが「他人の言葉」である限り、自分の本当の思いを表現したことにはならないという強い葛藤に直面したのです。

「自分の本当の心を、自分の言葉で、自分にしか書けない文字で書きたい」

この強烈な渇望が、氏を伝統的な書道界から離れさせる決定的な要因となりました。権威ある賞や、約束された安定した地位という外部の物差しをすべて手放し、氏はまったく新しい表現の道を模索し始めます。

その精神的な支柱となったのが、旧制中学時代に出会った曹洞宗の禅僧、武井哲応氏の教えでした。武井哲応氏は、飾らない人間の生々しい真実を見つめることの大切さを説きました。この教えを胸に、相田みつお氏は「良く見せようとする自分」「立派であろうとする自分」というプライドを徹底的に削ぎ落としていきます。

氏の制作過程は、あの温かみのある作品の印象とは裏腹に、すさまじい執念に満ちていました。たった1行の言葉を書くために、アトリエにこもり、何時間も墨をすり続けました。そして、少しでも「美しく書こう」「人から褒められよう」という欲や計算が筆先に混じると、その紙を容赦なく破り棄てました。1つの作品を完成させるために、数千枚もの紙が反故にされることも日常茶飯事でした。氏が求めたのは、上手な文字ではなく、自らの弱さや醜さも含めた「人間の裸の真実」が宿る文字だったのです。

このような独自の表現を貫いた結果、氏は長らく中央の書道界からは異端とされ、経済的にも決して恵まれた状態ではなかったそうです。自らの言葉をしたためた作品を風呂敷に包み、地元である栃木県の旅館や商店を訪ね歩き、時には商品の包装紙のデザインなどを引き受けながら生計を立てる日々が続きました。

しかし、氏は自らの表現を変えることはありませんでした。社会的・経済的な成功という「外的な報酬」がもたらされなくとも、自分自身の内なる真実と向き合い、それを表現し尽くすこと自体が、氏にとっての揺るぎないIKIGAIであったからです。

氏の作品が全国的な脚光を浴びたのは、1984年、氏が60歳を迎えた年に出版された著書『にんげんだもの』がきっかけでした。長年にわたって泥臭く、不器用な自分を肯定し続けたその言葉たちは、社会の中で背伸びをして生きる多くの現代人の心を打ち、瞬く間にミリオンセラーとなりました。

相田みつお氏のこの軌跡は、私たちが人生の充実感をどこに見出すべきかという問いに対して、極めて重厚な示唆を与えてくれます。外部の評価や「こうあるべき」という社会的な鎧を脱ぎ捨て、思い通りにいかないことや弱さを抱えた「ありのままの自分」を徹底的に受容すること。そこにこそ、いかなる地位や名誉にも勝る、真の充足とIKIGAIの源泉が存在するのです。

 

現在、世界中で広く認知されている西洋版の「ikigai」モデルは、「自らが愛するもの」「卓越した能力を発揮できるもの」「世界が切実に必要としているもの」「正当な報酬を得られるもの」という4つの要素が重なり合う中心点を見つけ出すことを提唱しています。しかし、このモデルには注意が必要です。実際には、この図解は本来の日本の概念ではなく、海外の起業家が作成した目的の図解が起源であり、それが日本発の伝統的モデルとして広まった文化的誤配であることが指摘されています。

本来の「いきがい」とは、必ずしも初めから金銭的な報酬や壮大な社会的使命を必要としません。むしろ、相田氏が自身の書に込めたように、自分自身の弱さや矛盾を認め、その等身大の自分のままで、1歩1歩を丁寧に踏み締める行為のなかにこそ存在します。

氏が、たった1行の詩を書くために、数千枚もの紙を真っ黒に塗りつぶし、自らの命を削るようにして墨を磨り続けた日々。それは、誰から高額な報酬を約束されたわけでもない、孤独で純粋な没入の時間でした。私たちの人生におけるIKIGAIも同様です。これまでのご経験のなかで培われた苦悩や思い通りにいかない経験を切り捨てるのではなく、そこに現在の純粋な「ありのままの自分」という光を当てることで、皆様にしか描けない唯一無二の美しい世界が浮かび上がるのです。

完璧さを手放し日常にIKIGAIを実践する過程

皆様がこれまでの人生で培ってこられた知見や、組織を牽引する力は、社会という荒波を渡るための極めて強力な武器でした。しかし、個人の「いきがい」を再構築する段階においては、一度その「立派な自分」という鎧を傍らに置き、自らの内面にある不完全さと向き合う勇気が求められます。

相田みつお氏の創作の過程は、まさにこの不完全さの受容を段階的に深めていく営みでした。氏は、書の作品を制作する際、ただ文字を綺麗に並べるのではなく、その言葉が持つ命の震えをどう表現するかに全神経を注ぎました。氏のエピソードのなかで極めて印象的なのは、作品の多くに「みつを」と、ひらがなで署名を続けたことです。これは、学歴や肩書きといった飾られた自分を捨て、裸の人間として言葉を紡ぐという、氏の確固たる決意の表れでした。

氏はもともと、書の古典を徹底的に臨書(模写)し、全国レベルの公募展である毎日書道展で連続入選を果たすほどの、卓越した技術の持ち主でした。筆を持てば、誰もが感嘆するような流麗で力強い文字を自在に書き上げることができたのです。

しかし、自らの心の内にある言葉を紙に向かって表現しようとした途端、その見事に鍛え上げられた技術そのものが、強固な鎧となって氏を苦しめるようになります。筆を握ると、無意識のうちに「上手く書きたい」「専門家に高く評価されたい」「立派な書家として見られたい」という欲が顔を出し、線が不自然にこわばってしまうのです。周囲の同業者や批評家からどれほど称賛を浴びても、氏の胸の奥底には「これは本当の自分の字ではない。自分を良く見せようと取り繕っているだけだ」という、強烈な自己嫌悪と違和感が渦巻いていました。

この見えない壁を打ち破るため、氏は壮絶な行動に出ます。高価で上質な画仙紙や筆を使うことをやめ、墨がにじみ、筆の滑りが極端に悪い粗悪な紙(例えば、ちり紙やわら半紙のようなもの)をあえて選んで文字を書き始めたのです。流麗な文字を書こうとする物理的な条件を自ら剥奪することで、己のなかに巣食う「上手く見せたい」という虚栄心を強制的に削ぎ落とそうと試みました。

アトリエに一人こもり、大量の紙を真っ黒に塗りつぶす過酷な日々のなかで、氏はひたすらに自らの内面と対話しました。他者を羨む嫉妬心、怠けようとする心、名声を欲する心。そうした人間が持つドロドロとした醜い真実から目を背けるのをやめ、「自分は決して聖人君子などではなく、迷いや欲にまみれた弱い人間なのだ」と、底の底まで直視したのです。

自らの不完全さを徹底的に受容し、その弱さを隠すことなくさらけ出した時、氏の筆から初めて、あの独特の、不器用で温かな文字が産み落とされました。技巧という鎧を脱ぎ捨て、等身大の「ありのままの自分」を肯定するその表現は、まさに氏にとっての「いきがい」が真の形を成した瞬間でした。氏は後に、この自己との対峙のなかから「人間だもの」という、すべてを包み込む慈愛に満ちた言葉を生み出すに至ります。

このエピソードは、私たちが日々の生活のなかにIKIGAIを見出すための極めて重要なヒントを与えてくれます。私たちはつい、効率化や成功という尺度で物事を測り、弱みを見せることを避けようとしてしまいます。しかし、真の充足感とは、外部から与えられた安楽な環境のなかにあるのではなく、ご自身のなかに存在する影の部分すらも、「これこそが自分なのだ」と愛でる、没入のなかにこそ宿るのです。

日常のなかに新たな「生きがい」を落とし込む鍵は、生産性という尺度を1度取り除き、ご自身の感性が理屈抜きに「今、自分はここにいる」と感じられる微細な瞬間を大切にすることにあります。それは、目に見える成果とは無縁の行為かもしれません。しかし、その「ただの自分」に戻る時間の積み重ねと、その瞬間に完全に没入する経験こそが、皆様の内面を真に豊かな状態へと引き戻す強力な支柱となるのです。IKIGAIは、何者かになろうとする努力の先ではなく、何者でもない自分を肯定した先に立ち現れます。

実例が示す対話と変化の物語

人間の強い感情や情熱が、どのようにして現実の大きな変化を生み出し、社会全体をも動かしていくのか。相田みつお氏の言葉は、発表されて以来、数多くの経営者やプロスポーツ選手、そして市井の人々の心を揺さぶり、人生の決定的な転換点をもたらしてきました。

人間の強い感情や情熱が、どのようにして現実の大きな変化を生み出し、社会全体をも動かしていくのか。相田みつお氏の言葉は、発表されて以来、数多くの経営者やアスリートの心を揺さぶり、人生の決定的な転換点をもたらしてきました。

実在する著名な事例として、日本のプロレス界を牽引し、後に巨大なエンターテインメント企業である新日本プロレスの社長という重責を担った藤波辰爾氏の軌跡があります。藤波氏は現役時代、「不屈のドラゴン」と呼ばれ、いかなる強敵にも決して弱みを見せない、文字通りの強き勝者として頂点を極めました。しかし、1999年に社長に就任すると、そこにはリング上とは全く異なる過酷な現実が待っていました。

当時の組織は、深刻な経営難や主力選手の離脱といった未曾有の危機に直面していました。藤波氏はトップとして、強大な重圧のなかで「自分が弱みを見せれば組織が崩壊してしまう」「常に完璧で強い経営者でなければならない」と、自らの感情を押し殺して孤独な戦いを続けていました。売上や負債といった数字と格闘し、周囲との心の距離が広がっていく日々のなかで、氏は深刻な意味の欠如と精神的な限界に直面したのです。

そんな八方塞がりの状況下で、藤波氏の心を深く打ち抜いたのが、相田みつお氏のこの言葉でした。

「たまには涙をみせたっていいがな」

藤波氏はこの言葉に触れた瞬間、長年自分が「無敵のヒーロー」や「完璧な社長」という硬い鎧を身にまとい、自らの人間らしい感情を極限まで抑圧してきたことに気づかされました。「強い自分」を演じ続けるのではなく、苦しい時は苦しいと認め、涙を流すような「弱さ」を持った等身大の人間であっていいのだと、氏の言葉が優しく肯定してくれたのです。

この「弱さを抱えたままの自分」との内面的な対話が、藤波氏のリーダーシップとIKIGAIを根底から変容させました。氏は、無理に強がることをやめ、組織のメンバーに対しても自らの苦悩や人間らしい素顔を率直に共有するようになりました。

結果として、リーダーが自らの不完全さを開示したことで、周囲との間にはこれまでにない深い心理的繋がりが生まれました。藤波氏自身も、経営者としての重圧から解放されて本来のプロレスへの純粋な情熱を取り戻し、社長職を退いた後も自らの団体「ドラディション」を立ち上げました。驚くべきことに、70歳を超えた現在に至るまで、50年以上にわたり現役のプロレスラーとしてリングに立ち続けています。

これは、自らの弱さを隠さず、ありのままの姿で世界とつながることが、どれほど強力な「生きがい」の源泉になるかを示す圧倒的な実例です。相田みつお氏の言葉は、読む者の心の奥底に眠っていた人間としての本来の温もりを呼び覚まし、数値では測れない圧倒的な豊かさと、長期間にわたって生命を燃やし続けるエネルギーを人生にもたらすのです。

 

IKIGAI探求においてつまずきやすい点とその越え方

「IKIGAI」や「生きがい」を日常に取り入れようとする際、知性溢れる皆様だからこそ、無意識のうちに陥ってしまういくつかの誤解や罠が存在します。ここでそれらの疑問を整理し、より自由に心を羽ばたかせるための真実を見つめ直してみましょう。

最も頻繁に見受けられる誤解の1つは、「IKIGAIとは、影の全くない完璧な状態を目指すことである」という思い込みです。長年の過酷な責任や義務感のなかで、皆様はあらゆる課題を論理とデータによって解決してこられました。そのため、「自分自身の人生の究極の目的」という最も難解な問いに対しても、不安や迷いをすべて排除した正解を即座に導き出せるはずだという重圧を自らに課してしまうのです。

しかし、相田みつお氏の芸術が教えてくれるように、人間の心には常に迷いや葛藤が存在します。ご自身の心のなかにある怒りや悲しみ、あるいは何かが足りないという虚無感を、無くすべき不純物として排除しようとしないでください。その一見ネガティブに思える感情すらも、あなたがこの世界に対して真剣に向き合い、本気で生きようとしているからこそ生じる、とても純粋で大切なエネルギーの源泉なのです。

また、現在海外を中心に広く知れ渡っている西洋版のIKIGAIの図解には、慎重な視点が必要です。一般的には「自分が愛するもの」「卓越した能力を発揮できるもの」「世界が切実に必要としているもの」「正当な報酬を得られるもの」という4つの円が交わる中心点を探すことが推奨されています。しかし、この図解の条件すべてを満たさなければならないと考えることは、極めて深刻な重圧を生み出します。

ご自身の活動が、どれか1つの円の条件を満たしていないだけで、「自分には価値ある目的がないのだ」という強い罪悪感を抱く必要は全くありません。相田みつお氏が独自の書を追求し始めた時、そこに正当な報酬や他者からの承認は存在しませんでした。ただ「自分の本当の言葉を書きたい」という純粋な動機だけがあったのです。

「これが何の役に立つのか」という論理的な分析思考を1度手放し、ただご自身の心が純粋に惹きつけられる対象に身を委ねること。特定のモデルに従って無理に自分を当てはめるのではなく、今の自分にとって何が心地よく、何に心が動くのかを、ただ観察する。そのような許容を自分自身に与えることこそが、結果として最も強固なIKIGAIを育むことにつながります。相田みつお氏が「ただいるだけで」と詠んだように、存在そのものを肯定することから、すべては始まるのです。

ありのままの自分から紡ぐ未来への歩み

ここまで、相田みつお氏の果てしない創作の軌跡と、飾らない言葉から紐解くIKIGAIの本質についてお話ししてまいりました。今回の内容の重要な視点は、以下の3つに集約されます。

第1に、IKIGAIとは、人生における苦悩や悲しみといったものを否定するのではなく、それを受け入れた上で純粋な「ありのままの自分」を肯定することで、初めて圧倒的な美しさを持って輝き出すものであること。

第2に、効率や生産性といった外部の尺度を手放し、自分の弱さや不完全さを愛でる時間の積み重ねこそが、内面的な豊かさを育む強力な基盤となること。

第3に、完璧な目的を見つけ出さなければならないという強迫観念や西洋的なモデルの罠から抜け出し、等身大の自分として他者や世界と交わることが、真の充足をもたらすこと。

今すぐにできる極めて小さな行動の具体案を1つご提案いたします。

明日からすぐに実践できる極めて小さな行動をご提案いたします。明日の夜、ご自身が今日1日の中で「やらなければならなかったこと」と「純粋にやりたかったこと」を、それぞれ数字の割合として把握してみてください。たとえば義務が9割、欲求が1割であったならば、明後日はその欲求の割合を1.5割へとわずかに引き上げるために、自分のためだけの時間を15分だけ意図的に確保するのです。いかなる生産性も求めないこの微細な意識の変化と行動の蓄積が、精神的な枯渇を防ぎ、心を豊かな状態へと導く強力な起点となります。

相田みつお氏は、私たちにこのような言葉を贈っています。

「一生勉強 一生青春」

この言葉が示すように、人生は常に学びであり、自らの心を瑞々しく保ち続ける過程そのものが生きがいなのです。

What will you leave on this planet?(あなたはこの地球に何を残しますか?)

この深遠なる問いに対する皆様だけの答えが、これからの日々のなかで、力強く温かな光を放ちながら紡ぎ出されていくことを、心より願っております。

【執筆・監修:ウィングストン調査研究部】

当財団では、世界中の人々が一度きりの人生を大切な人とともに歩み、

自分らしく輝き続けられる社会の実現を目指しております。

その一環として、日本発の概念である「いきがい(IKIGAI)」に注目し、多角的な研究を行っています。

「海外から見たIKIGAIの受容」や「生涯現役で活躍する高齢女性のライフスタイル分析」など、

共有可能な知見を多数蓄積しております。フォーラムへの登壇、カンファレンスでの発表、

メディア掲載のご依頼につきましては、下記担当までお気軽にお問い合わせください。

一般財団法人ウィングストン・ジャパン財団

担当:田中

【引用元・参考情報】

  • 株式会社日本総合研究所(高齢者の生きがい等意識調査2024)
  • ソニー生命保険株式会社(47都道府県別 生活意識調査2024)
  • 宮本亞門氏企画・脚本・監督作品に関する公表記録(ショートフィルム『生きがい IKIGAI』の制作と公開)
  • 相田みつを美術館(相田みつお氏の経歴、禅僧・武井哲応氏との出会いと教えに関する公式記録、独自の書体の確立、「みつを」の署名、および制作過程のエピソードに関する記録、相田みつお氏の名言および著作に関する記録、名言「しあわせは いつも じぶんのこころが きめる」の作品記録、名言「人間だもの」の作品記録、名言「セトモノとセトモノとぶつかりっこするとすぐこわれちゃう」の作品記録、名言「ただいるだけで」の作品記録、名言「一生勉強 一生青春」の作品記録、包装紙のデザインや地元での活動など、無名時代の生活に関する記録、相田みつお氏の初期の書道展入選記録と葛藤に関する公式資料、著書『にんげんだもの』の出版経緯および社会的評価に関する記録、毎日書道展入選の経歴および独自の書体を模索した試行錯誤の過程に関する記録、名言「たまには涙をみせたっていいがな」および藤波辰爾氏の愛読に関する公式記録)
  • BBC Worklife(西洋版IKIGAIモデルの起源とパーパス図解の文化的誤配に関する考察
  • 国立国会図書館(IKIGAIの語源と平安時代の貝殻に由来する歴史的背景に関する資料
  • 平川綾真智(note『書と詩と人生と――相田みつを、裸の魂の軌跡』) 
  • 致知出版社(『坂村真民と相田みつをの言葉力』西澤真美子・相田一人対談記事) 
  • テレビ静岡・テレビ寺子屋(『「にんげんだもの」誕生秘話 相田みつをの人生を変えた出逢い』)
  • 株式会社ベースボール・マガジン社(週刊プロレス公式選手名鑑 藤波辰爾氏の経歴および現在の活動に関する記録)

 

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