地域活性化のカギは「生きがい」だった|新しいまちづくりの考え方

経済的指標を超えて地域社会を動かす内なる力

近年、地域社会の在り方や地方創生の文脈において、ある一つの概念が急速に重要性を増しています。それが、日本古来の精神性に基づく「生きがい」という言葉です。

2024年11月22日、政府は「国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策」を閣議決定しました。この対策は、物価高への対応や持続的な賃上げを促す国の大規模な経済政策ですが、特筆すべきは「地方こそ成長の主役である」と力強く宣言された点です。国が主導する画一的な支援ではなく、地域の自発的な取り組みを後押しする仕組み(新しい地方経済・生活環境創生交付金など)を盛り込むことで、地方創生と一人ひとりの豊かな暮らしの実現に向けた新たな展開を示しました。

さらに2025年6月13日には、内閣官房が「地方創生2.0基本構想」を閣議決定しました。これは、過去10年間の地方創生が陥りがちだった「自治体間の人口の奪い合い」といった反省を踏まえ、当面の人口減少という現実を正面から受け止めた上で打ち出された中長期的な指針です。単なる経済的豊かさや頭数合わせの移住促進にとどまらず、年齢や障害の有無を問わず多様な人々が集い、希望に応じて能力を発揮し、生きがいを持って暮らすことができる場の整備を進める方針を明らかにしています。

そして、2025年12月16日にソニー生命保険株式会社が公表した「47都道府県別 生活意識調査2025」では、地域ごとに異なる人々の「生きがい」の多様な実態が浮き彫りとなりました。この調査データによれば、「旅行(京都府)」や「家族団らん(鹿児島県)」「グルメ・スイーツ(佐賀県)」「推し活(新潟県)」など、何に対して日々の幸福を見出すかが地域ごとに明確に異なっています。この結果は、どこにでもあるような画一的なまちづくりではなく、その土地の風土に根ざした個人の内面的な充足が、地域社会の活力といかに密接に結びついているかを実証するものとなりました。

これまで、仕事や家庭において多大な責任を背負い、一つの到達点を迎えた皆様の中には、ふとした瞬間に言葉にしがたい思いを抱くことがあるのではないでしょうか。「これからの人生の時間をより価値のあるものにしたい」「大切な人と共に、より有意義な時間を過ごしたい」という極めて純粋で深い渇望です。社会的な地位や物質的な豊かさを得た後だからこそ見える景色の中で、ご自身の経験や知恵をどのように社会へ還元し、いかにして周囲との温かな繋がりを育んでいくのか。その問いに対する答えは、決して遠くにあるわけではありません。

近代日本の文学を代表する文豪であり、深い自己探求を続けた夏目漱石氏は、大正時代に行われた学習院での講演録『私の個人主義』の中で次のような言葉を残しています。

 

「ああここにおれの進むべき道があった!ようやく掘り当てた!こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたははじめて平安な心持ちになれるのであります。」

 

この言葉は、ロンドン留学中に深い孤独と「霧の中にいるような」自己喪失に陥っていた氏が、他者の評価や西洋の模倣を捨て去り、「自己本位(自分自身の内面的な基準)」という確固たる信念に辿り着いた際の強烈な体験を語ったものです。誰かから与えられた正解をただ無批判になぞるのではなく、暗闇の中でもがきながらも「自分にしかできない役割」を自らの手で掘り当てたとき、人は初めて揺るぎない自己肯定感と真の心の平穏を手にするのだと説いています。これはまさに、一人ひとりが自らの内発的な動機に基づき、社会やコミュニティにおいて「自らの確固たる居場所(IKIGAI)」を見出すプロセスの本質を、時代を超えて力強く示唆する言葉と言えるでしょう。

 

地域社会という身近な環境において、ご自身の心が本当に喜ぶ道を見つけ出すこと。それこそが、これからの時間を色鮮やかに彩るための最大の鍵となります。本コラムでは、まちづくりと「ikigai」の密接な関係性を紐解き、皆様が地域の中で新たな意味を見出し、満ち足りた日々を送るための実践的な視点をお届けします。

IKIGAIとは何か|経済的指標から住民の内面へ向かう地域再生の核心

「いきがい」という言葉は、非常に奥深く、そして多面的な意味を持っています。かつての地域活性化の取り組みは、大型商業施設の誘致や観光客の増加といった、目に見える経済的な指標を中心に進められてきました。しかし、どれほどインフラが整備され、経済が潤ったとしても、そこに住む人々が自らの役割を見出せず、内面的な充足を得られていなければ、そのまちは真の意味で活力を保つことができません。

現在、世界中の都市計画家やコミュニティの指導者たちが注目しているのは、住民一人ひとりの内発的な動機づけです。自らの手で何かを生み出し、他者と喜びを分かち合うこと。その微細な感情の動きこそが、持続可能なまちづくりの土台となるのです。

この本質を見事に体現している事例が、イギリスのウェストヨークシャー州に位置する人口約1万5000人の小さな谷間の町、トッドモーデンで起きた「インクレディブル・エディブル(信じられないほどおいしい)」という奇跡的な運動です。かつては紡績業で栄えたものの、産業の衰退とともに活気を失い、閉塞感が漂っていたこの町で、2008年に一つの静かな革命が起きました。

きっかけは、パム・ウォーハースト氏とメアリー・クリア氏という二人の女性がカフェで交わした会話でした。彼女たちは、行政の複雑な事業計画書や補助金の承認を待つのではなく、「食べ物という誰もが理解できる共通言語で、分断された人々をつなごう」という極めてシンプルで実行可能なアイデアに行き着きました。それは、町のあらゆる空き地や公共空間に野菜やハーブ、果樹を植え、通りすがりの「誰もが自由に収穫してよい(Help yourself)」というルールで共有することでした。

当初は少数の住民による、いわば「ゲリラ・ガーデニング」のような小さな活動に過ぎませんでした。しかし、植物を育てるという土に触れる根源的な喜びと、育てた収穫物を無条件で他者と分かち合うという利他の精神は、人々の心に深く眠っていた「IKIGAI(生きがい)」を強く刺激しました。彼女たちの情熱に惹きつけられるように参加者は増え続け、やがて駅のホーム、病院の敷地、老人ホームの庭、学校の校庭、さらには警察署の前の花壇や墓地に至るまで、町中のあらゆる余白が「みんなの農園」へと変貌を遂げたのです。

ここで特筆すべきは、参加した住民たちの内面とコミュニティに生じた劇的な変化です。これまで言葉を交わすことのなかった世代も背景も異なる見知らぬ人同士が、路上に実るトマトやトウモロコシを前にして「美味しい野菜の育て方」や「おすすめの料理法」について自然と語り合うようになりました。食の共有を介して住民の孤独が解消され、互いへの信頼感が醸成された結果、町が美しくなっただけでなく、破壊行為や犯罪率が減少するという予想外の効果まで生み出しました。さらに、このユニークな「食べられる町」を一目見ようと世界中から観光客(ベジ・ツーリズム)が訪れるようになり、地元産品の売り上げが向上するなど、衰退していた地元経済までもが息を吹き返したのです。

この運動は、行政からの指示や巨額の予算に依存することなく、住民の「自分の住む町を少しだけ良くしたい」という純粋な関心と、「とにかくスコップを持って種を蒔く」という圧倒的な行動力だけで、現在では世界数百ヶ所に広がる国際的なネットワークへと成長しました。個人の小さな喜びや善意が連鎖し、地域全体を活気づける巨大なエネルギーへと転換したこのエピソードは、まちづくりというものが決して行政や専門家だけの仕事ではなく、一人ひとりの内面的な充足と他者への貢献(IKIGAI)の集合体であることを雄弁に物語っています。

 

地域に生きがいを生み出す仕組み|持続可能なコミュニティの作り方

では、どのようにして地域社会にご自身の「生きがい」を見出し、育てていけばよいのでしょうか。それは、決して大掛かりなプロジェクトを立ち上げることではありません。段階的な流れを通じて、ご自身の内面と地域の需要を静かに結びつけていく作業です。

第一の段階は、ご自身がこれまでの生活の中で培ってきた「自然とできてしまうこと」や「時間を忘れて夢中になれること」を見つめ直すことです。これらは必ずしも高度な専門スキルである必要はありません。人の話を丁寧に聞くことや、庭の植物を育てること、あるいは古い道具を手入れすることなど、日常の微細な行為の中にこそ、真の豊かさが隠されています。

第二の段階は、その小さな関心を、ごく身近な地域の活動にそっと添えてみることです。これまでのキャリアで培った論理的な判断基準を一旦脇に置き、「役に立つかどうか」ではなく「心地よいかどうか」を基準にして環境を選びます。

かつて、多くの地域活動は、義務感や「地域のために何かをしなければならない」という重圧によって支えられていました。その結果、熱心な一部の人々に負担が偏り、活動そのものが疲弊してしまうという事態が頻発しました。しかし現在の新しいコミュニティのあり方は、この構造を大きく転換させています。義務ではなく、純粋な喜びと好奇心を起点とすることで、人々は無理なく活動を持続させることができるのです。

人口約800人の馬路村「ゆずビジネス」の軌跡

高知県の東部、面積の96%を深い森が占め、信号機すら一つもない人口約800人の馬路村(うまじむら)。ここで同村農業協同組合(JA馬路村)の東谷望史(ひがしたに もちふみ)氏らが主導した「ゆずビジネス」の軌跡は、まちづくりにおける「逆転の発想」と「住民の生きがいの創出」を見事に具現化した奇跡の実例です。

かつての馬路村は林業で栄えましたが、1970年代以降の木材価格の暴落により基幹産業が壊滅し、村は深刻な過疎と消滅の危機に直面しました。そこで村人たちが次なる生きる術としてすがったのが「ゆず」の栽培でした。しかし、ここでも冷酷な現実が待ち受けていました。馬路村のゆずは急斜面の過酷な環境で育つため、強風で枝のトゲが実に刺さり、表面が傷だらけになってしまいます。当時の青果市場は「見た目の美しさ」が全てであり、馬路村の不格好なゆずは「売り物にならない二級品」として買い叩かれ、農家の手元には疲労と絶望しか残りませんでした。

しかし、東谷氏をはじめとするJA馬路村の職員たちは諦めませんでした。「見た目が悪いなら、中身で勝負しよう。この村のゆずは、寒暖差のおかげでどこよりも香りが強く、農薬を極力使っていないから安全だ」発想を180度転換させたのです。彼らはゆずを青果として市場に卸すことをやめ、自ら果汁を搾って加工品にする道を選びました。そして試行錯誤の末に生み出されたのが、大ヒット商品となるポン酢しょうゆ「ゆずの村」や、はちみつ入りゆず飲料「ごっくん馬路村」です。

ここで特筆すべきは、彼らが単に商品を開発しただけでなく、都市部の消費者と「心を通わせる」独自のダイレクトマーケティングを構築したことです。洗練された都会的なデザインではなく、あえて村の素朴な風景や温かみのある手書きの文字をパッケージに採用し、商品が入った段ボールには「村の香りを届けます」というメッセージや村の日常を綴った広報誌を同梱しました。

この戦略は、商品を売る以上の劇的な変化を村にもたらしました。全国の消費者から、「こんなに美味しいポン酢は初めて」「子どもに安心して飲ませられる」といった感謝の手紙やFAXが、山深いJAの事務所に毎日のように束になって届くようになったのです。この手紙を読んだ農家たちの内面には、決定的なパラダイムシフトが起きました。「自分たちが育てた傷だらけの不格好なゆずが、都会の人々をこんなにも笑顔にしている」。市場でゴミ扱いされ、劣等感を抱えていた高齢の農家たちは、自らの労働が遠く離れた人々の食卓を豊かにしているという圧倒的な事実に直面し、そこに深い誇りと「IKIGAI(生きがい)」を見出したのです。

自らの手で価値を生み出し、社会と強く繋がっているという確かな実感が、農家たちの姿勢を根本から変えました。誇りを取り戻した彼らは、自発的に有機農業に近い栽培方法を追求し、村全体の景観までも美しく保つようになりました。現在では、人口わずか800人の村がゆず関連商品で年間約30億円という驚異的な売り上げを叩き出しています。しかし、馬路村の本当の成功は経済的な豊かさ以上に、「村の誰もが自分の役割を持ち、生き生きと暮らしている」という精神的な充足を獲得したことにあります。これは、地域にある「見捨てられていた資源」と、住民の内側に「眠っていた意欲や誇り」が完全に合致したときに生まれる、奇跡のような地域再生の姿を雄弁に物語っています。

個人とまちが共鳴する瞬間|内発的動機がもたらす新しい関係性

地域に根ざした活動に参加することで、皆様の日常には驚くべき変化が訪れます。それは、社会的な地位や名誉といった外的な評価とは全く異なる、内面からの静かな湧き上がりです。

長い年月にわたり、仕事や社会活動の中で論理的な判断や意思決定を重ねてきた経験があると、地域の小さな集まりに触れたとき、最初は「進め方が非効率ではないか」「もっと整理すればよいのではないか」といった違和感が生まれることがあります。しかし、利害関係のない関係の中で対話を重ね、同じ時間を共有していくうちに、効率や生産性だけでは測ることのできない価値が静かに浮かび上がってきます。それは、同じ場に集い、言葉を交わしながら時間を重ねていくことそのものが持つ意味です。そうした時間の積み重ねの中で、地域という場所が持つ魅力や、関わりの豊かさが少しずつ見えてくるのです。

スペインのバスク地方に位置する人口2万人ほどの谷間の町で生まれた「モンドラゴン協同組合会議(MCC)」は、この「個人の生きがいと地域社会の共鳴」を、単なる精神論ではなく、強固な経済システムとして組織の形に昇華させた歴史的な実例であり、このエピソードは紛れもない事実です。

1941年、スペイン内戦で敗者の側に立ち、フランコ独裁政権下で極度の貧困と弾圧に苦しんでいたこの町に、一人の若きカトリック神父、ホセ・マリア・アリスメンディアリエタ氏が赴任してきました。彼は「慈善を与えるだけでは人間の尊厳は回復しない。必要なのは教育と、自らの手で運命を切り拓くための労働である」と考え、まずは住民の少額の寄付を集めて技術学校を設立しました。そして1956年、その学校を卒業したわずか5人の若者たちが、彼の理念に共鳴して小さな石油ストーブ工場「ウルゴール(ULGOR)」を立ち上げます。これが、現在では全世界に8万人以上の労働者を抱え、金融、工業、小売、知識部門を網羅する世界最大規模の労働者協同組合の始まりでした。

モンドラゴンが世界中の研究者から「奇跡」と称賛される理由は、その徹底した「人間中心」のシステムにあります。ここでは、労働者は資本家に使われる単なる「雇われ人(コスト)」ではありません。組合員一人ひとりが自ら出資して経営に参加する「共同所有者」であり、最高経営責任者であっても、工場で働く若手であっても、経営方針の決定においては平等に「1人1票」の権利を持ちます。さらに驚くべきは「連帯」というルールの徹底です。一般的な資本主義企業では経営トップと現場の労働者の賃金格差が数百倍に達することも珍しくありませんが、モンドラゴンではその格差が原則として最大でも6倍程度(規模により変動しますが、極めて低水準)に制限されています。

また、彼らは工場を作るだけでなく、自らの雇用を守り新たな事業を生み出すための銀行(労働金庫:カハ・ラボラル)や、国に頼らない独自の社会保障制度(ラグン・アロ)、さらには次世代のイノベーターを育てるモンドラゴン大学までも、自分たちの手で創り上げ、巨大なエコシステムを形成しました。

このシステムが真価を発揮したのは、経済危機に直面した時です。2008年のリーマン・ショックや、2013年に中核企業であった家電メーカー「ファゴール」が経営破綻した際にも、モンドラゴンは「大量解雇」という株主至上主義的な安易な道を選びませんでした。組合員全員で痛みを分かち合うための給与カットを受け入れ、失職した仲間をグループ内の別の好調な協同組合へ配置転換し、連帯基金を使って再教育を行うことで、コミュニティ全体の雇用と人間の尊厳を守り抜いたのです。

個人の純粋な動機と、地域社会の目指す方向性が完全に合致したとき、そこには計り知れないエネルギーが生まれます。自らが単なる使い捨ての歯車ではなく、組織と街の運命を握る「当事者」であるという実感は、労働という行為を苦痛から深い「IKIGAI(生きがい)」へと変えました。それは、目先の数値や株価の向上といった外部の指標ではなく、危機に瀕した際に決して仲間を見捨てないという強靭な連帯や、参加する人々の目の輝き、歩幅の力強さといった日常の微細な行動の変化として、創立から約70年経った今も確かに現れているのです。

 

まちづくりにおいて陥りやすい罠|完璧な目的という幻想を手放す

しかし、地域と関わり、自らの「ikigai」を育てていく過程において、多くの方が陥りやすい罠が存在します。それは、「地域社会に多大な貢献をしなければならない」「自分だけの完璧で特別な役割を見つけなければならない」という過剰なプレッシャーです。

長年、常に高い目標を掲げ、それを達成することでご自身の価値を証明してこられた方ほど、この罠にはまりやすくなります。地域活動の中においても、「リーダーシップを発揮しなければならない」「すぐに目に見える結果を出さなければならない」と自らを追い込み、結果として強い疲労感や空虚感を抱いてしまうのです。

ここで最も重要なのは、そのような「完璧な目的」という幻想を完全に手放すことです。生きがいとは、決して見つけるものではありません。日々の小さな試行錯誤と、他者との何気ない交流の中で、少しずつ育まれていくものです。

かつて、新潟県の越後妻有地域(現在の十日町市・津南町)で「大地の芸術祭」が構想された初期のことです。東京23区より広いこの広大なエリアは、深刻な過疎と高齢化、そして日本有数の豪雪に悩まされていました。そこに、外部から招かれた専門家(総合ディレクターの北川フラム氏ら)が「現代アートによる地域再生」という壮大な計画を持ち込みました。

 

しかし、日々の過酷な農作業や命がけの雪下ろしを抱える住民たちにとって、それは「よそ者が持ち込んだ不可解な道楽」に過ぎませんでした。当初は「現代アートなんて訳がわからない」「そんな予算があるなら除雪車を買ってくれ」「どうせ一過性のイベントだろう」と激しい反発に遭い、北川氏らは各集落を回って実に2000回以上もの住民説明会を行いましたが、心の溝はなかなか埋まりませんでした。この出来事は、外部からの論理的な事業計画や「地域活性化」という立派な理念だけでは、決して現場の人々の心に火を灯すことはできないという厳しい現実を教えてくれます。

事態が好転し、今や世界中から数十万人が訪れる芸術祭へと成長する奇跡の転換点となったのは、見事なプレゼンテーションではありませんでした。都市部からやってきた「こへび隊」と呼ばれる若きボランティアやアーティストたちの存在です。

彼らは、アートの制作やイベントの準備を急ぐのではなく、まずは住民と共に泥だらけになって棚田の草刈りを手伝い、冬には雪かきに汗を流しました。そして、作業の合間に縁側で一緒にお茶を飲み、お年寄りたちが漬けた自家製の漬物を「美味しい、美味しい」と頬張りながら、彼らの昔話や方言に静かに耳を傾けたのです。

この「ただ同じ時間を共有し、生活の手伝いをする」という純粋な行為が、閉ざされていた高齢者たちの心を劇的に溶かしました。近代化の中で「農業は儲からない」「自分たちは時代に取り残された」と劣等感を抱きかけていたお年寄りたちは、都会の若者たちから「おじいちゃん、おばあちゃんの知恵はすごい」「このお米、最高に美味しい!」と無邪気に頼られ、感謝されることで、自らの人生と長年の労働に対する強烈な誇りを取り戻したのです。

「この若者たちがそこまで一生懸命やるなら、俺の空き家を使わせてやろう」「荒れ地を草刈りして貸してやろう」。若者たちとの生々しい交流が、お年寄りたちの内発的なエネルギー(IKIGAI)を呼び覚ました瞬間でした。ここでは、現代アートはそれ自体が目的ではなく、世代や背景の異なる人々が自然に出会い、ゆっくりと言葉を交わしていくための、あたたかなきっかけのような存在だったのです。補助金や行政主導のイベントの枠組みではなく、人と人との血の通った交流こそが、地域の永続的な基盤となりました。

ご自身が地域と関わる際にも、この越後妻有の教訓のように、「何を成し遂げるか(どんな立派な成果や数値を出すか)」ではなく、「その場にいてどのように感じるか、どう関わるか」に意識を向けてください。立派な肩書きや計画を一旦脇に置き、ただ挨拶を交わすだけ、ただ一緒に草むしりをして笑い合い、出されたお茶を美味しくいただくこと。その利益や効率を求めない純粋な行為の中にこそ、皆様の心を潤し、地域との間に消えることのない信頼を築く真の泉が存在するのです。

これからの地域社会と生きがいの交差点|あなたが一歩を踏み出すために

地域活性化と「IKIGAI」の結びつきについて、重要な三つの視点をまとめます。

  • まちづくりの中心は、経済的な規模ではなく、住民一人ひとりの内発的な動機と喜びにあります。
  • 義務感や重圧を手放し、純粋な好奇心に従って地域と関わることが、持続可能なコミュニティの鍵となります。
  • 完璧な目的を探すのではなく、日々の小さな行動と他者との無目的な交流の中に、真の豊かさは育まれます。

明日は、いつも通る道をほんの少しだけゆっくり歩いてみてください。普段は気にも留めない風景の中に、気になる場所を一つ見つけて立ち止まってみるのです。古い建物や小さな祠、昔から続いていそうな店など、どんなものでも構いません。そして、その場所がどのように今まで残ってきたのかを、少しだけ想像してみてください。どのような年月が流れ、どのような暮らしがそこに重なってきたのか。ほんの数分でも、その背景に思いを巡らせる時間を持つことで、見慣れた街の景色はこれまでとは少し違って見えてくるはずです。その静かな気づきが、地域との新しいつながりの入り口になるかもしれません。

「どれほど素晴らしいことか。世界をより良くするために、一瞬たりとも待つ必要がないなんて。」

アンネ・フランク氏が残したこの言葉のように、変化はいついかなる時でも、皆様ご自身の小さな一歩から始まります。

What will you leave on this planet?(あなたはこの地球に何を残しますか?)

ご自身の内に秘められた豊かな経験と感性が、地域社会という土壌に新たな種を蒔き、これからの日々を美しく彩っていくことを心より願っております。

【執筆・監修:ウィングストン調査研究部】

当財団では、世界中の人々が一度きりの人生を大切な人とともに歩み、自分らしく輝き続けられる社会の実現を目指しております。

その一環として、日本発の概念である「いきがい(IKIGAI)」に注目し、多角的な研究を行っています。

「海外から見たIKIGAIの受容」や「生涯現役で活躍する高齢女性のライフスタイル分析」など、共有可能な知見を多数蓄積しております。フォーラムへの登壇、カンファレンスでの発表、メディア掲載のご依頼につきましては、下記担当までお気軽にお問い合わせください。

一般財団法人ウィングストン・ジャパン財団

担当:田中

【引用元・参考情報】

  • 内閣府(国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策)
  • 内閣官房(地方創生 2.0 基本構想 令和7年6月 13 日 閣議決定)
  • ソニー生命保険(47都道府県別 生活意識調査2025 生活・マネー編 / 2025-26年版 恋愛・家族編)
  • 青空文庫(私の個人主義)
  • トッドモーデン「インクレディブル・エディブル」関連(聖教新聞 / 公共R不動産)
  • モンドラゴン協同組合関連(生活協同組合コープさっぽろ / Eukarya Inc.)
  • NPO法人 アンネ・フランクの夢(アンネ・フランクの言葉)
  • Incredible Edible Network HP(Our story)
  •  TED(パム・ウォーハースト:私たちはどうやって「食べられる風景」を作ったか)
  • 馬路村農業協同組合HP(馬路村農協の歩み) 
  • 農林水産省HP(高知県馬路村 ゆずの村の地域活性化)
  • JA馬路村公式オンライン村(ごっくん馬路村誕生秘話) 
  • 農林水産省HP(ディスカバー農山漁村(むら)の宝:馬路村農業協同組合)
  •  総務省HP(過疎地域自立活性化優良事例:高知県馬路村)
  • モンドラゴン・コーポレーション公式HP(Our History) 
  • 独立行政法人 労働政策研究・研修機構(スペインにおける労働者協同組合の現状と課題) 
  • 日本労働協同組合(ワーカーズコープ)連合会HP(モンドラゴンに学ぶ)
  • 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ公式ホームページ(大地の芸術祭とは)
  •  NPO法人 越後妻有里山協働機構公式ホームページ(こへび隊)
  • リクナビNEXTジャーナル(「美術の根源は多様性、だから最初から限度なんてつくらなかった」~大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ・北川フラム氏インタビュー) 
  • 週刊エコノミスト Online(世界最大級の規模に成長した新潟「大地の芸術祭」の思想とは 北川フラムさんインタビュー)
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