巨大な建造物から人間の内面へと向かう次世代の地域社会
長年にわたり多大な責任を担い、一つの到達点を迎えられた皆様の中には、ふとした瞬間に言葉にはしがたい問いが胸をよぎることがあるのではないでしょうか。これまでの日々を駆け抜け、社会的な地位や物質的な基盤を確固たるものにしたからこそ見える景色の中で、「これからの人生の時間をより価値のあるものにしたい」「大切な人と共に、より有意義な時間を過ごしたい」という極めて純粋で深い渇望が芽生えているはずです。それは決して現状への不満ではなく、知性と感性を極限まで研ぎ澄ませてこられたからこそ抱く、尊い問いに他なりません。
私たちが暮らす地域社会やまちづくりという言葉を耳にすると、多くの場合、真新しい道路の開通や大型商業施設の誘致、あるいは最新の通信網といった物理的なインフラストラクチャーの整備が思い浮かびます。確かにそれらは生活の利便性を飛躍的に高めてきました。しかし、どれほど立派な建造物が完成しても、そこに集う人々の間に温かな交流や「ここにいる意味」が感じられなければ、そのまちはやがて活力を失っていきます。今、求められているのは、鉄やコンクリートによる物理的な強化ではなく、そこに住まう一人ひとりの内面を満たす「生きがい」という、まちに流れる力なのです。
この潮流は、世界的な動きとしても明確に現れています。
まず、2020年、フランスのパリ市長であるアンヌ・イダルゴ氏が「15分都市(Ville de 15 minutes)」構想を本格的に提唱し、大きな注目を集めました。これは、自動車を中心とした都市構造から脱却し、徒歩や自転車で移動できる15分圏内に、生活に必要なすべての機能と、人々が交流できる場を配置するという大胆な計画です。この構想は、移動の効率性よりも、生活圏内での人々のふれあいやコミュニティの質を最優先する姿勢を鮮明に打ち出しています。
次に、2021年5月、日本の国土交通省において「改正都市再生特別措置法等」が施行されました。この中で、車中心の空間から人中心の空間へと転換を図るため、「居心地が良く歩きたくなるまち」の形成を目指す「滞在快適性等向上区域」の制度が新たに創設されました。単に移動するための道路ではなく、人々が立ち止まり、言葉を交わし、時間を共有できる空間作りが、国家的な施策として位置づけられたのです。
さらに、2023年7月、国土交通省は、上記の「居心地が良く歩きたくなるまちづくり」を目指す「ウォーカブル推進都市」に賛同する地方公共団体が、全国で300都市を突破したと公表しました。日本全国の数多くの自治体が、これまでのインフラ偏重の開発から、人間の居心地や歩く喜びを中心としたまちづくりへと大きく舵を切っていることが、この数字から明確に読み取れます。
これらが共通して示しているのは、豊かな地域社会の源泉は、外部から与えられる巨大な設備ではなく、住民一人ひとりの内発的な動機と交流にあるという事実です。デンマークの著名な建築家であり都市計画家であるヤン・ゲール氏は、次のような言葉を残しています。
「良い都市とは、人々が家の外に出て、他者と共に時間を過ごしたくなるような場所である」
一部の専門家や行政が上から設計図を描くのではなく、そこに暮らす人々が自らの「ikigai」を持ち寄り、交差させることで初めて、まちは生命を持ちます。本記事では、この見えざる活力がどのように生み出され、皆様のこれからの人生をいかに色鮮やかに彩っていくのかを、世界の事例と共に紐解いてまいります。
都市の骨格を血肉に変えるのは住民の「いきがい」である
「いきがい」という言葉は、非常に奥深く、そして多面的な意味を持っています。単なる趣味や娯楽を超え、朝目覚めたときに自然と意欲が湧き上がるような、内側からの強い動機づけです。これまでのまちづくりは、この人間の内面的なエネルギーを軽視し、いかに効率よく人を移動させ、いかに多くの消費を生み出すかという経済的な合理性にばかり目を向けてきました。
巨大なインフラストラクチャーは、都市の骨格を形成します。それは都市が機能するために必要不可欠な要素です。しかし、骨格だけでは生命を維持することはできません。そこに血を通わせ、温もりをもたらすのは、一人ひとりの住民が日々の生活の中で見出す意味と、他者との関わり合いなのです。
1970年代の日本・北海道において、高度経済成長期の「経済合理性至上主義」と真っ向から対峙し、現代のまちづくりの礎を築いた壮絶な出来事がありました。
当時、かつて「北のウォール街」と呼ばれ繁栄を極めた小樽市は、海運の衰退とともに活気を失っていました。役割を終えた小樽運河にはヘドロが堆積し、悪臭を放つ「厄介者」となっていました。そこで行政と経済界は、「物流の効率化と都市の近代化」という名目のもと、運河を全面的に埋め立て、街の中心に幅40メートル、全6車線の巨大なバイパス道路(臨港線)を建設するという大規模なインフラ計画を打ち出しました。街の多くの人々がそれを「停滞した小樽を救う進歩」としてもてはやす中、強烈な異議を唱え、立ち上がった市民たちがいました。その中心にいたのが、一人の平凡な主婦であった峯山冨美(みねやま ふみ)氏です。
彼女は、ごく普通の住民としての視点から、街の真の魅力は無機質なアスファルトの巨大道路や真新しいビル群ではなく、歴史の風雪に耐えた重厚な石造りの倉庫群や、そこに映る水面といった、先人たちの無数の「人間の営みと記憶」にこそ宿っていることを見抜いていました。1973年、彼女は「小樽運河を守る会」を設立し、保存運動を開始します。
しかし、その道のりは決して美しいものではありませんでした。当時は「公害の元であるドブ川を残してどうする」「お前たちは街の発展を阻害する反逆者だ」と激しい非難と冷笑を浴びせられました。それでも峯山氏らは諦めず、自らの手でヘドロの清掃を行い、全国から専門家を招いて学習会を開き、自腹を切って保存の価値を訴え続けました。彼女たちの「街への純粋な愛着」は次第に多くの市民の心を打ち、ついには人口約17万人(当時)の地方都市において、10万筆を超える前代未聞の署名を集めるという巨大なうねりへと発展したのです。
10年以上に及ぶ強大な行政方針との闘いの末、最終的に運河は「全面埋め立て」ではなく「道路の幅を縮小し、運河の半分を残して散策路を整備する」という妥協案で決着しました。しかし、この市民の粘り強い活動によって残された半分の水面と石造り倉庫群が、後にガラス工房やカフェ、美術館へと生まれ変わり、現在の小樽を年間数百万人が訪れる日本有数の観光都市へと押し上げる最大の原動力となったのです。もしあの時、効率という名のインフラ整備が全面的に優先されていたなら、現在の小樽が持つ情緒あふれる文化や、歴史の息遣いを感じながら歩く喜びは永遠に失われていたでしょう。
峯山氏らの活動は、都市の真の価値と活力は、最新のインフラ施設やトップダウンの再開発によってもたらされるのではなく、住民自身の「街の風景と記憶への愛着」、そして「自分たちの手で街を守る」という自治の精神によって保たれると主張するものでした。激しい対立の中でも、彼女が最後まで運動の原動力とし続けたのは、決して政治的な野心ではなく、「大好きな小樽の風景を次世代に残したい」という純粋な願いでした。これは、住民一人ひとりが自分の住む街の歴史に関心を持ち、愛着を抱いている状態、すなわち地域に対する「IKIGAI」が、いかなる高度な開発よりも都市を強く守り、育てるということを明確に証明しています。
私たちが人生の充実を考えるとき、それは決して自己完結するものではありません。ご自身が純粋に心を惹かれる対象(たとえば古い風景を愛すること)が、行動を起こすことで地域の誰かの喜びに繋がり、その反応がさらにご自身のエネルギーとなる。この温かな循環こそが、世界中の先進的なコミュニティが今最も求めている「繋がりによる充足」なのです。経済的な指標や道路の広さで街の豊かさを競う時代は終わりを告げ、そこに住む人々がいかに豊かな内面を持ち、街の歴史や互いに関わり合いながら「自らの居場所」を創り上げているかが、その街の本当の価値を決める時代へと移行しています。
自発的な関わりが生み出す次世代のコミュニティ形成
では、どのようにしてインフラという物理的な器に、人々の生きがいという中身を満たしていけばよいのでしょうか。それは、決して大掛かりなプロジェクトを立ち上げたり、多額の資金を投じたりすることではありません。ごく身近な環境から、ご自身の内面と地域の需要を段階的に結びつけていく作業です。
第一の段階は、ご自身がこれまでの生活の中で培ってきた「自然とできてしまうこと」を見つめ直すことです。これらは必ずしも高度な専門スキルである必要はありません。人の話を丁寧に聞くことや、庭の植物を育てること、あるいは古い道具を手入れすることなど、日常の微細な行為の中にこそ、真の豊かさが隠されています。
第二の段階は、その小さな関心を、ごく身近な地域の活動にそっと添えてみることです。これまでのキャリアで培った論理的な判断基準を一旦脇に置き、「役に立つかどうか」ではなく「自分が心地よいと感じるか」を基準にして環境を選びます。
かつて、多くの地域活動は、義務感や「地域のために何かをしなければならない」という重圧によって支えられていました。行政主導のトップダウン型の地域おこしや、持ち回りで行われる自治会活動などは、熱心な一部の人々に負担が偏り、活動そのものが疲弊してしまうという事態が頻発しました。義務化された善意は、やがて人々の活力を奪います。
ここが大きな転換点です。現在の新しいコミュニティのあり方は、この構造を大きく変えています。義務ではなく、純粋な喜びと好奇心を起点とすることで、人々は無理なく活動を持続させることができるのです。
この自発的な関わりを制度として見事に機能させ、現代日本における「コミュニティデザイン」の先駆けとなった歴史的実例が、兵庫県三田市にある「兵庫県立有馬富士公園」の立ち上げと、それを主導したコミュニティデザイナー・山崎亮(やまざき りょう)氏の軌跡にあります。
2001年の開園に向け、兵庫県は広大な敷地を持つ自然公園を計画していました。しかし、当時すでに、行政が莫大な初期投資で立派なハコモノ(ハード)を造り、その後も多額の維持管理費やイベント予算を投じ続ける従来型の「お膳立てされた公園運営」には、財政的にも持続性の面でも限界が見えていました。そこで山崎氏らが着目したのは、立派な施設を造り込むことではなく、その空間を使いこなす「人々の繋がり(ソフト)」そのものをデザインすることでした。
彼は開園の数年前から地域に深く入り込みました。通常、行政が行う住民説明会では「どんな遊具がほしいですか?」「どんな設備が必要ですか?」というヒアリングが行われます。しかし、山崎氏はこの手法を完全に捨て去りました。なぜなら、行政に「要望」を出すだけでは、市民は永遠に「サービスを消費するお客様」のままになり、完成後の公園に対する責任や愛着が生まれないからです。その代わり、彼は何十回となく重ねたワークショップの中で、市民にこう問いかけ続けました。「あなた自身は、この広大な自然を舞台にして、ここで『どんなこと』をしてみたいですか?」このたった一つの問いの転換が、住民の意識を「お客様」から「主役(プレイヤー)」へと劇的に変えました。
特筆すべきは、ここに集まった市民たちが、行政から指示された「無償の草刈りボランティア」や「下請け労働力」として公園に関わったのではないという点です。彼らはあくまで主体性を持って、自らの趣味、特技、そして情熱を、公園という公共財(コモンズ)で表現し始めました。定年退職後の男性は昔取った杵柄である昆虫採集の知識を活かし、子どもたちに自然の不思議を教える「森の先生」になり、竹細工愛好家たちは森の間伐材を自分たちで切り出し、来園者が遊べる昔ながらの遊び道具を手作りし、植物を愛する主婦たちは行政が花を植えるのを待つのではなく、自発的に花壇のデザインを考え、四季折々の手入れを行いました。
こうした「自分の大好きなこと・やりたいこと」を地域への貢献に直結させる活動を通じて、市民の心の中には「ここは自分たちが主役になれる、自分たちの大きなお庭だ」という強烈な愛着が芽生えました。自らの情熱が来園者の笑顔や感謝に変わる瞬間を目の当たりにすることで、彼らはそこに圧倒的な「IKIGAI(生きがい)」を見出していったのです。
この仕組みは驚異的な広がりを見せました。現在では「有馬富士共生の会」や「パークレンジャー」など、数十もの多彩な市民グループが自律的に活動を展開しています。彼らが独自に企画・運営する市民主導のプログラムは年間数百にものぼり、地方の自然公園でありながら年間100万人以上が訪れるという、奇跡的な活気と熱狂を生み出しています。行政がすべてのインフラを管理し、市民は与えられたサービスを「消費」するか、気に入らなければ「文句を言う」だけという従来の冷たい関係性は完全に打ち破られました。ここには、多額の予算を投じたテーマパークのような華美なアトラクションの建設はありません。ただそこにある既存の自然空間に対して、市民が愛情を持って手を加え、自らの生きがいを爆発させるという「行為」そのものが、公園の価値を劇的に高めているのです。
どれほど莫大な税金を投じて美しい公園を行政が整備しても、そこを愛し、使いこなす市民の心が存在しなければ、空間はすぐに閑散とし、やがて荒れ果ててしまいます。逆に、物質的なインフラが極めてシンプルであっても、人々の間に自発的な関わり合いと生きがいが存在すれば、その場所は驚くほどの輝きを放つのです。皆様がこれまで培ってきた豊かな経験や趣味を、義務や自己犠牲としてではなく、「純粋な喜び」として地域に開いていくこと。それこそが、次世代の持続可能で温かいコミュニティを形成する最大の原動力となります。

人と人の繋がりが物理的な限界を超える瞬間
地域に根ざした活動に参加することで、皆様の日常には驚くべき変化が訪れます。それは、社会的な地位や名誉といった外的な評価とは全く異なる、内面からの湧き上がりです。
長い時間をかけて、仕事や社会活動の中で論理的な判断を重ねてきた経験があると、地域の小さな課題について話し合う集まりに触れたとき、最初は「進行が遅いのではないか」「もっと合理的に進められるのではないか」といった違和感が生まれることがあります。しかし、利害関係のない関係の中で対話を重ね、時間を共有していくうちに、効率や生産性だけでは測ることのできない価値が少しずつ見えてきます。それは、言葉を交わしながら時間を重ね、互いの理解を深めながら合意を形づくっていく過程そのものが持つ意味です。論理的な思考と、地域に息づく温かな感情がゆるやかに重なり合うとき、それまでには思いもよらなかった新しい解決の道筋が自然と浮かび上がってくるのです。
この「個人の役割」と「人と人の繋がり」が、物理的な限界やインフラの喪失を劇的に乗り越えた事例として、北海道夕張市における医療崩壊からの再生と、それを牽引した医師・村上智彦(むらかみ ともひこ)氏の取り組みが挙げられます。
かつて炭鉱で人口11万人以上を抱え栄えたこの町は、2006年に約353億円という莫大な借金を抱えて財政破綻し、日本で唯一の財政再生団体に転落しました。この破綻により、市民の命綱であった171床を持つ巨大な市立総合病院は、わずか19床の小さな「診療所」へと縮小され、CTスキャンなどの高度な医療機器や多くの専門医も町を去りました。当時、市民の間には「この町で病気になったら見殺しにされる」「夕張から逃げ出すしかない」という深い絶望とパニックが広がっていました。
しかし、この限界状況の町に赴任してきた村上医師は、単に「我慢してください」と慰めるのではなく、住民の意識を根本から覆す荒療治に出ました。彼は、地域医療の方向性を、巨大な病院で病気を「治す(キュア)」というハード中心のモデルから、地域全体で生活を「支える(ケア)」というソフト中心のモデルへと完全に切り替えたのです。
村上氏は白衣を脱ぎ、自ら市民の集会や家庭、さらには炭鉱住宅の茶の間にまで上がり込みました。そして、お年寄りたちに向かってこう率直に訴えかけました。「もうこの町には、皆さんが重病になった時に最先端の治療をして救う巨大な病院はありません。だから、病気になってから病院に来るのではなく、病気にならないように自分で健康を守ってください。そして、隣近所で助け合ってください」
実は破綻前の夕張市では、高齢者が少し体調が悪いだけでタクシー代わりに救急車を呼び、病院の待合室が毎日の「井戸端会議のサロン」と化しているという、過剰医療への依存がありました。しかし、村上氏との対話を通じて、お年寄りたちは「自分たちが安易に医療に頼り切ることが、この破綻した町の財政をさらに苦しめるのだ」という厳しい現実に直面しました。
そしてここから、住民の内面に劇的な変化が起こります。「自分の健康を自分で管理し、倒れそうな隣人がいれば声を掛ける」。この当たり前の日常の行動が、「自分たちの愛する夕張という町を存続させるための最大の貢献である」という明確な「役割」へと昇華されたのです。
お年寄りたちは病院のサロンに集まるのをやめ、自発的に公民館に集まって予防のための体操教室を開き、雪かきを手伝い合い、姿が見えない隣人がいれば必ず声を掛け合うようになりました。この対話と実践の連鎖は、高齢者たちの心に強烈な「生きがい」と「誇り」を呼び覚ましました。ただ行政に保護される弱者ではなく、自らが健康でいること自体が町を救う戦力になるという実感が、財政破綻の諦めムードに包まれていた町に信じられないほどの活気をもたらしたのです。
この取り組みの結果は、医療の常識を覆す目覚ましい数値として現れました。巨大な総合病院がなくなり、高齢化率が50%を超えるという日本で最も過酷な環境にもかかわらず、年間800件を超えていた救急車の出動件数は破綻前の半分(約400件台)に激減し、一人当たりの老人医療費も全国平均より年間10万円近く低く抑えられました。さらには、高度な医療インフラを失ったにもかかわらず、肺炎や心疾患などの死亡率は悪化するどころか逆に低下したのです。また、「最期は住み慣れた自宅で迎えたい」という住民の願いを支える訪問診療のネットワークが構築され、自宅で安らかに最期を迎える(在宅死)割合は全国平均の数倍に達し、全国トップレベルの「穏やかな看取りの町」へと変貌を遂げたのです。
最新鋭の巨大な病院を建て直したわけでも、画期的な新薬を投入したわけでもありません。インフラが消滅したという危機を逆手に取り、住民一人ひとりが自らのIKIGAI(生きがいと役割)を見出し、他者との関係性の中で「互いを支え合う」という当事者意識を取り戻した結果が、地域全体の劇的な生命力の回復として現れました。人と人の繋がりと、内面的な熱量こそが、いかなる巨大インフラをも凌駕する力を持つことを、夕張市の軌跡は鮮やかに証明しています。
地域への参加を阻む思い込みと心理的障壁の解消
しかし、地域と関わり、自らの「ikigai」を育てていく過程において、多くの方が陥りやすい誤解やつまずきが存在します。それは、「立派な設備やインフラがないと人が集まらない」という幻想と、「地域に関わるからには、自分だけの完璧で特別な役割を見つけなければならない」という過剰なプレッシャーです。
長年、常に高い目標を掲げ、それを達成することでご自身の価値を証明してこられた方ほど、この罠にはまりやすくなります。地域活動の中においても、「すぐに目に見える結果を出さなければならない」「素晴らしいシステムを導入しなければならない」と自らを追い込み、結果として強い疲労感や空虚感を抱いてしまうのです。ここで最も重要なのは、そのような「完璧さ」や「効率性」を完全に手放すことです。
この誤解を解きほぐし、インフラの真の目的とは「徹底した管理」ではなく「人間の尊厳と生きがいの保護」であることを、極めて衝撃的な形で世界に突きつけた実例があります。それが、オランダのアムステルダム近郊、ウェースプという町にある「ホグウェイ(De Hogeweyk)」の事例です。この施設で起きていることは紛れもない事実であり、現在では世界中の医療関係者や都市計画家が視察に押し寄せる「認知症ケアの世界的モデル」となっています。
2009年に開設されたホグウェイは、重度の認知症の高齢者(約150名)が暮らすケア施設です。しかし、そこには私たちが想像するような無機質な病室も、管理しやすい直線の長い廊下も、ナースステーションもありません。東京ドームほどの広大な敷地の中に創り出されたのは、スーパーマーケット、カフェ、レストラン、パブ、美容室、映画館、そして噴水のある広場といった、ごく普通の「美しい街並み」です。入居者たちは、パジャマを着せられた「患者」としてベッドで管理されるのではなく、1人の「市民」としてこの小さな街の中で自ら買い物をし、夕食のじゃがいもの皮をむき、パブでビールを飲みながら友人と語り合います。
かつての医療インフラの常識では、認知症患者に対しては「徘徊による事故を防ぐための施錠」「効率的に食事や排泄の世話をするための集団管理」といった、安全と効率を最優先し、徹底的にリスクを排除することが正しいとされていました。しかしホグウェイの創設者たちは、「安全な箱の中に閉じ込められ、何もさせてもらえない毎日は、果たして生きていると言えるのだろうか」という根源的な疑問を抱きました。そして、人間の尊厳と「日々の生活における役割(IKIGAI)」を最優先に設計されたこの街を生み出したのです。
ここでは、約250名の介護スタッフや医師は決して白衣を着ません。彼らは私服を着て、スーパーのレジ打ちの店員、美容師、あるいは「親切なご近所さん」として振る舞い、入居者たちの自発的な行動をそっと見守り、さりげなくサポートします。入居者たちは、自分のライフスタイル(都市型、文化型、職人型など)に合わせた家で少人数の共同生活を送り、自分で商品を選び、レジでお金を払い(実際にはお金は介在しないシステムになっています)、美容室で髪を整え、馴染みのカフェでコーヒーを飲む。そうした、私たちにとっては「当たり前の日常」を自らの意思で選択し、役割を持って過ごすこと自体が、彼らの生きる意欲を強烈に支えているのです。
結果として、この街では医療の常識を覆す目覚ましい成果が上がっています。重度の認知症を抱えながらも、ホグウェイの入居者たちの表情は驚くほど穏やかで、徘徊や暴力的なパニック症状が激減しました。それに伴い、向精神薬などの薬の処方量が大幅に減少し、食欲が増し、身体機能の低下が緩やかになって寿命さえ延びる傾向にあることが報告されています。
この事例は、私たちに非常に深く、重い問いを投げかけます。高度に管理され、すべてのリスクが排除された無菌室のようなインフラの中でただ安全に「生存」することと、多少の不便や転倒のリスクがあっても、自らの意思で歩き、社会と関わり、役割を持ちながら「生きる」こと。人間にとって本当に価値のある時間はどちらでしょうか。インフラとは、人を管理するためではなく、人がその人らしく生きるための舞台でなければならないのです。
皆様が今後、地域社会や新しいコミュニティに参加する際、「自分のような立場でできることはあるのか」「役に立てるだろうか」と不安や疑問を抱くかもしれません。しかし、ホグウェイの「ご近所さん」のように、地域において最も価値のある貢献とは、特別な専門知識を披露することや、壮大な計画を立てることではありません。「ただそこにいて、話を聴き、共に笑い、日常のささやかな時間を共有すること」。その利益や効率を求めない純粋な関わり合いの中にこそ、互いの尊厳を守り、豊かなコミュニティを育む最大の力が秘められているのです。
これからの時間を色鮮やかに生きるための選択
まちづくりと「IKIGAI」の本質的な結びつきについて、重要な3つの視点をまとめます。
- 豊かな地域社会の源泉は、巨大なインフラストラクチャーではなく、住民一人ひとりの内発的な動機と喜びにあります。
- 義務感や効率性を手放し、純粋な好奇心に従って他者と関わることが、持続可能なコミュニティの鍵となります。
- 完璧な目的や特別な役割を探すのではなく、日々の小さな行動と交流の中に、真の豊かさは育まれます。
明日からすぐに実践できる、極めて小さな行動を1つご提案いたします。次にご自宅の周辺を歩く際、街角の小さな花壇や、地元の人々が手入れをしている公共の空間を一つ見つけ、その場に込められた誰かの心遣いに少しだけ思いを巡らせてみてください。その花を植えた人の喜びや、そこを通る人への温かな眼差しを感じ取ること。このささやかな想像力が、ご自身の住む街を新しい視点で見つめ直し、地域との繋がりを感じる第一歩となります。
フランスの作家、マルセル・パニョル氏は、次のような言葉を残しています。
「人生の喜びは、他者の喜びの中に自らの喜びを見出すことである」
皆様の胸の奥にある純粋な喜び、すなわち生きがいこそが、ご自身の人生を豊かにするだけでなく、周囲の社会を温かく照らす全ての源となります。これまで築き上げてきた知恵と経験を、今度は皆様自身の手で、地域の未来というキャンバスに描いていく番です。
What will you leave on this planet?(あなたはこの地球に何を残しますか?)
ご自身の内に秘められた豊かな経験と感性が、地域社会という土壌に新たな種を蒔き、これからの日々をどこまでも美しく彩っていくことを心より願っております。

【執筆・監修:ウィングストン調査研究部】
当財団では、世界中の人々が一度きりの人生を大切な人とともに歩み、自分らしく輝き続けられる社会の実現を目指しております。
その一環として、日本発の概念である「いきがい(IKIGAI)」に注目し、多角的な研究を行っています。
「海外から見たIKIGAIの受容」や「生涯現役で活躍する高齢女性のライフスタイル分析」など、共有可能な知見を多数蓄積しております。フォーラムへの登壇、カンファレンスでの発表、メディア掲載のご依頼につきましては、下記担当までお気軽にお問い合わせください。
一般財団法人ウィングストン・ジャパン財団
担当:田中
【引用元・参考情報】
- パリ市(La ville du quart d’heure)
- 国土交通省(都市再生特別措置法等の一部を改正する法律 / 「ウォーカブル推進都市」の取り組み)
- ヤン・ゲール 著書(Cities for People)
- De Hogeweyk(The Hogeweyk Care Concept)
- マルセル・パニョル氏の言葉
- 小樽市公式ホームページ(小樽運河)
- まちづくり情報サイト「まちぽっと」(小樽運河保存運動の軌跡)
- NHKアーカイブス(小樽運河保存運動)
- 小樽市総合博物館HP(小樽運河の歴史と保存運動の軌跡)
- NPO法人 グラウンドワーク三島HP(源兵衛川の環境再生)
- 国土交通省HP(手づくり郷土賞:源兵衛川(水の都・三島))
- studio-L公式ホームページ(プロジェクト:有馬富士公園)
- 兵庫県立有馬富士公園公式ホームページ(有馬富士共生の会・市民活動)
- studio-L(プロジェクト:有馬富士公園)
- 兵庫県立有馬富士公園(有馬富士共生の会)
- 慶應MCC(山崎 亮「問題解決メソッドとしてのコミュニティデザイン」)
- 東洋経済オンライン(夕張の医療崩壊から見えてきた日本の希望)
- 厚生労働省HP(地域医療の再構築に関するヒアリング・夕張市の事例)
- JBpress(病院が消えた夕張市で、お年寄りが元気になった理由)
- ダイヤモンド・オンライン(夕張市が証明した「病院がなくなっても人は死なない」という真実)
- ホグウェイ(De Hogeweyk)公式ホームページ(Our Concept)
- CNN.co.jp(重度認知症の患者が暮らす「村」 オランダ)
- 東洋経済オンライン(世界が注目!オランダ「認知症村」のすごい日常)