時間とIKIGAIの動的な関係|「一生ものの生きがい」という幻想から自由になるために

時間の経過とともに呼吸を変える「生きがい」の真実

これまでの歩みのなかで、数え切れないほどの決断を下し、組織や社会のなかで確固たる足跡を残してこられた皆様は、すでに揺るぎない実績と信頼を築き上げられていることと存じます。日々の業務において、緻密な論理と知性を駆使し、常に「最適解」を導き出してきたその姿勢は、周囲からの深い尊敬を集めています。しかし、かつては心血を注ぎ、魂を震わせていたはずの事柄に対して、ふとした瞬間に以前のような熱量を感じられなくなっているご自身に気づき、戸惑いを覚えることはないでしょうか。

三年前には確かに自分の「生きがい」だと確信していた活動が、今はどこか儀礼的で、義務のように感じられてしまう。そのような変化を、ご自身の情熱の衰えや「飽き」として否定的に捉え、変わってしまった自分に微かな罪悪感を抱く必要はありません。それは停滞ではなく、皆様の知性と感性が、新しい次元へと移行しようとしている健全な精神の代謝に他ならないからです。

近年、この「生きがいの変容」に対する認識は、社会的なデータや実例を通じて、極めて前向きに捉えられ始めています。

2025年5月13日、プルデンシャル ジブラルタ ファイナンシャル生命保険株式会社が公表した「2025年の還暦人に関する調査」によれば、今年60歳を迎える方々がこれからの人生において最も重視したい項目の上位には「健康」や「趣味」と並び、「新たなことへの挑戦」が挙げられています。この調査結果は、人生の節目において、過去の役割を継続すること以上に、自己を更新し、未知の領域に足を踏み入れることに価値を見出す層が増加していることを明確に示しています。

また、2024年10月15日、英国を拠点とする権威ある土木学会(ICE)が、インフラストラクチャーという硬質な領域に自然や芸術、そして個人の「生きがい」を融合させることをテーマとした初のアート&ミュージックフェスティバル「Ikigai 2024 festival」を開催しました 。この画期的な試みは、日本発祥の概念が単なる個人の精神論にとどまらず、社会の基盤を形作る公共的な設計や都市の在り方にまで深い意味をもたらす哲学として、世界的に再評価されていることを物語っています 。

さらに、2024年4月25日、立教大学の川端雅人氏らの研究チームは、オンラインと対面を組み合わせたハイブリッド方式の運動プログラムが、高齢者の認知機能や心理的健康を劇的に改善することを証明した論文を、国際学術誌『BMC Geriatrics』で発表しました。この研究は、新しい環境や手法(更新)に適応する身体的・精神的活動そのものが、人間の生命力を根底から活性化させることを科学的に裏付けています。

米国を代表する哲学者であり心理学者でもあったウィリアム・ジェームズ氏は、次のような言葉を遺しています。

「人生において最も重要なことは、自らの魂を常に新しく保つことである」

この言葉が示すように、「IKIGAI」とは一度見つけたら一生変わらない固定的な宝物ではありません。それは時間の流れとともに、皆様の経験や感性と共鳴しながら、絶えずその姿を変えていく呼吸のようなものです。本記事では、皆様が抱く「変わることへの違和感」を、次なる飛躍への力強い確信へと変えるために、歴史を動かしたリーダーたちの軌跡を通じて、時間と生きがいの真実を深く掘り下げてまいります。

継続という名の停滞、更新という名の再生

私たちは長年、一つのことを最後までやり抜く「継続の美徳」を尊ぶ教育を受けてきました。特に責任ある立場にある皆様にとって、一度始めたことを途中で変えることは、時に周囲への裏切りや無責任に映るのではないかという懸念を伴うものです。しかし、ビジネスや芸術の歴史を俯瞰すれば、真に偉大な足跡を残した人々は、過去の成功やかつての生きがいに固執せず、驚くほど軽やかに「自己更新」を繰り返してきたことが分かります。

ここで、長年の歳月をかけて自らの情熱を幾度も変化させ、そのたびに社会へ鮮烈な価値を提示し続けてきたマイケル・ブルームバーグ氏の軌跡に目を向けてみましょう 。ブルームバーグ氏の生きがいは、時間の経過とともに鮮やかな変容を遂げました 。

初期の彼は、ウォール街の証券会社ソロモン・ブラザーズの共同経営者として、金融の最前線に身を置いていました 。しかし、1981年に会社を離れるという転換点に直面した際、彼はその知性を「金融情報の透明化」という、当時まだ存在しなかった全く新しい領域へと転換させました 。この時、もし彼が「自分は有能な銀行家である」という過去の役割に固執し、既存の銀行業務の枠に留まり続けていたら、今日の経済インフラを支えるブルームバーグL.P.が生まれることはなかったでしょう 。

さらにその後、ブルームバーグ氏の情熱は事業の成功から、ニューヨーク市長としての公務、そして地球規模の課題を解決する活動へと移行しました 。金融、情報技術、行政、そして環境保護 。彼の生きがいの中心は、時間の経過とともに常に移動し続けました 。彼は、過去の自分に縛られることなく、その時々の自らの魂が最も強く呼応する問いに対して、常に忠実であり続けました 。ブルームバーグ氏にとって、生きがいとは「継続するもの」ではなく、常に「更新し続けるもの」であったのです 。

皆様が今、かつての情熱に対して距離を感じているとすれば、それはマイケル・ブルームバーグ氏がそうであったように、皆様の知性が、より現代的で、より本質的な「新しい問い」を見つけた証拠なのです。過去の自分に対する忠誠心から変化を拒むのではなく、更新される感性を歓迎すること。それこそが、成熟した大人が持つべき真の誠実さと言えるでしょう。

 

内なる違和感は、次なる次元への招待状

生きがいが変化する前兆として、まず現れるのは「微かな違和感」です。以前は喜びを感じていた成功体験が空虚に感じられたり、使い慣れた論理に血が通わなくなったりする感覚です。この違和感を、皆様のような知性豊かな方は、往々にして「論理的な正当化」によって押さえ込もうとします。「これだけの利益が出ているのだから」「周囲が期待しているのだから」という言葉で、肉体が発するサインを無視してしまうのです。

しかし、歴史に名を刻んだ偉大なリーダーたちは、この身体的な違和感を、自らの生きがいを再定義するための最も重要な情報源として扱ってきました。

世界的な航空会社ヴァージン・グループの創設者であるリチャード・ブランソン氏は、その典型です。ブランソン氏は、音楽業界で圧倒的な成功を収め、自らの生きがいを確信していたはずの時期に、全く畑違いの「航空業界」への進出という、周囲から見れば無謀極まりない決断を下しました。

当時のブランソン氏を突き動かしたのは、緻密な市場調査に基づく合理的な計算だけではありません。既存の航空サービスの質の低さに対する個人的な不満と、それによって自分自身の情熱が音楽業界という「完成された場所」から離れ始めているという、内なる違和感でした。彼は、過去の成功体験という安全地帯に留まり続けることが、自分の精神を腐敗させることを誰よりも理解していました。

ブランソン氏は自らの直感と身体感覚を極限まで信頼し、生きがいの軸足を軽やかに移動させました。音楽から空へ、そして宇宙へ。彼の人生において、生きがいが変化し続けることは、リスクではなく「生命力の維持」そのものでした。彼は、「何かに飽きたということは、自分がそれをマスターしたということだ。次へ進む準備ができたサインだ」と語るかのような生き方を示しています。

皆様が感じている違和感は、決して「飽き」や「衰え」ではありません。それは、今の皆様の器に対して、かつての生きがいが小さくなりすぎたことを告げる、成長の痛みです。その違和感を大切に抱きしめ、ご自身の知性が次にどの方向に触れようとしているのかを、静かに見守る時期が来ているのかもしれません。

回復と周期:更新を支える身体的知性

生きがいの変容をスムーズに受け入れるためには、頭脳による理解だけでなく、身体的な「回復のテンポ」を整えることが不可欠です。3年前の自分と今の自分で生きがいの意味が変わるのは、肉体的なバイオサイクルや、細胞レベルでの代謝の流れが変化していることとも密接に関係しています。

19世紀の偉大な発明家であるニコラ・テスラ氏の習慣は、この「変化を支える流れ」の重要性を教えてくれます。テスラ氏は、どれほど多忙であっても、毎日決まった時間に10キロメートル以上の歩行を欠かしませんでした。この歩行は、単なる運動ではなく、彼のなかで絶えず変容する科学的なひらめきを、身体という器に定着させるための「恒例の行い」でした。

ここで重要なのは、歩行という物理的な運動が脳の生理的状態を切り替えるという点です。一定の速度で歩き続けることは、論理的な思考を司る領域の過緊張を和らげ、意識の深い部分にある知性を引き出す助けとなります。ニコラ・テスラ氏は、この規則的な周期を通じて、脳内の過剰な思考を鎮め、内なる感覚が更新されるための「ゆとり」を確保していました。身体を動かすことで頭脳の滞りを解消し、抽象的なアイデアを生きた実感を伴う知恵へと変換していたのです。彼にとって、生きがいとは、机に向かって絞り出すものではなく、身体を動かす自然な流れのなかで「更新されていくもの」でした。

皆様も、これまでの人生において、限界まで自分を追い込み、成果を出すことに慣れてこられたことでしょう。しかし、年齢を重ねた時期において生きがいの意味を更新していくためには、積極的な「休止」と「回復」のテンポが必要です。一度、過去の生きがいの重圧から肉体を解放し、白紙の状態に戻る時間を設けること。そこから立ち上がってくる新しい呼吸こそが、皆様のこれからの時間を彩る、真のIKIGAIとなるはずです。

新の先に待つ、圧倒的な精神的自由

「一生ものの生きがいを見つけなければならない」という重圧は、ある種の縛りです。その思い込みから自分を解き放ち、時間とともに意味が変わり続けることを受け入れた時、皆様の前には、これまで経験したことのないような、圧倒的な精神的自由が広がります。

かつて、バングラデシュで教鞭を執っていた経済学者、ムハマド・ユヌス氏は、大学教授として学問を究めることに自らの歩みを捧げていました 。しかし、1974年の深刻な飢饉を目の当たりにした際、彼は理論の中だけに留まることに限界を覚えました。ここで重要なのは、彼が抱いた「学問は現実の苦しみを救えるのか」という根源的な問いです。彼は、わずか27ドルの借金のために自立を妨げられている42人の人々を救うため、自らの所持金から融資を行うという、それまでの金融の常識を覆す決断を下しました 。

この行動の背景には、既存の枠組みを超えて「目の前の人間」に向き合うという、知性と感性の融合があります。過去の役割に固執するのではなく、自立を助けるという、より切実で強固な「生きがい」へと自らを適応させたのです 。ムハマド・ユヌス氏がこれほどまでに強靭な影響力を発揮できたのは、彼が「目的の変更」を厭わず、社会の要請に対して自らを柔軟に変容させ続けたからです 。

皆様が今、かつての目標を達成し、あるいはその意味を失いかけているとしたら、それはムハマド・ユヌス氏が直面したのと同じ、次元上昇の瞬間です。一つの「いきがい」が終わることは、人生の終わりではありません。それは、より深く、より穏やかで、より皆様の本質に近い「次の生きがい」が始まるための、夜明け前のひとときなのです。

 

豊潤な更新のために

本記事では、時間がもたらすIKIGAIの変容と、変化することの正当性について探求してまいりました。ここでの重要な視点を三つに集約します。

第一に、三年前の生きがいが今フィットしないのは、停滞ではなく、精神の健全な代謝であること。

第二に、偉大なリーダーたちは、過去のアイデンティティに固執せず、常に自己を更新し続けることで、新たな価値を創造してきたこと。

第三に、内なる違和感は、次なる次元へと向かうための、身体知性からの招待状であるということです。

明日から、ご自身の日常のなかですぐに実践できる、極めて小さな行動の具体案を一つご提案いたします。

明日の予定のなかのわずか十分間、これまでの皆様の人生において「絶対に正しい、変わらない」と信じてきた信念を、一度だけ棚上げしてみてください。そして、「もし、その信念が明日から全く正しくなくなるとしたら、自分は何をしたいと感じるか」という問いを、ご自身の心に、何の評価も交えずに投げかけてみていただきたいのです。この微細な「想定の更新」が、皆様を過去の呪縛から解き放ち、これからの時間をより豊かに彩る、新しい生きがいの扉を開く起点となります。

英国の第三十五代大統領ジョン・F・ケネディ氏は、次のような言葉を残しています。

「変化は人生の法則である。過去や現在しか見ない人は、確実に未来を見失う」

皆様がこれまで築き上げてこられた輝かしい実績は、決して過去の遺物ではなく、次なる未知の領域へと踏み出すための、強靭で豊かな土台です。社会的な役割や「一生もの」という言葉の重みから少しずつ自分を解放し、今この瞬間の、更新され続けるご自身の感性に耳を傾ける時、世界は再び、驚きと希望に満ちた鮮やかな姿で皆様の前に広がっていくことでしょう。

「What will you leave on this planet?(あなたはこの地球に何を残しますか?)」

この問いの答えは、固定された記憶のなかではなく、時間とともに変わり続ける皆様の、しなやかで力強い決断の向こう側に用意されています。

【執筆・監修:ウィングストン調査研究部】

当財団では、世界中の人々が一度きりの人生を大切な人とともに歩み、自分らしく輝き続けられる社会の実現を目指しております。その一環として、日本発の概念である「いきがい(IKIGAI)」に注目し、多角的な研究を行っています。「海外から見たIKIGAIの受容」や「生涯現役で活躍する高齢女性のライフスタイル分析」など、共有可能な知見を多数蓄積しております。フォーラムへの登壇、カンファレンスでの発表、メディア掲載のご依頼につきましては、下記担当までお気軽にお問い合わせください。

一般財団法人ウィングストン・ジャパン財団

担当:田中

【引用元・参考情報】

  • プルデンシャル ジブラルタ ファイナンシャル生命保険(2025年の還暦人に関する調査)
  • 英国土木学会(Ikigai 2024 festival)
  • BMC Geriatrics(Effects of a hybrid exercise program on cognitive and physical functions: Kawabata et al., 2024)
  • Wikipedia(アラン・チューリングの形態形成理論および暗号解読の軌跡)
  • Virgin Group(リチャード・ブランソンの創業エピソードおよび経営哲学)
  • Bloomberg.com(Bloomberg L.P. History) 
  • Bloomberg Philanthropies(About Michael R. Bloomberg)
  • NobelPrize.org (Muhammad Yunus – Biographical) 
  • Grameen Bank (Muhammad Yunus)
  • Harvard University (William James and the Principles of Psychology)
  • John F. Kennedy Presidential Library and Museum (JFK’s Address in the Assembly Hall at the Paulskirche in Frankfurt)
  • Smithsonian Magazine(The Nikola Tesla Treasury) 
  • History.com(9 Things You May Not Know About Nikola Tesla)
  • Smithsonian Magazine(The Nikola Tesla Treasury)
  •  History.com(9 Things You May Not Know About Nikola Tesla) 
  • Stanford University(Give Your Ideas Some Legs: The Positive Effect of Walking on Creative Thinking)
  • NobelPrize.org(Muhammad Yunus – Biographical)
  • Grameen Bank(Muhammad Yunus)
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