その不調、“あなたのせい”じゃない──最新データが示す、日本の“うつ”と見えない声

はじめに|誰もが”しんどさ”と隣り合わせの社会へ

「朝、起きるのがつらい」「やる気が出ない」「動けない自分を責めてしまう」

──こうした吐息のような言葉は、もはや“心が弱い”とは言い切れない。

厚生労働省2025年の調査によれば、日本の精神疾患通院患者は約576万人。

そのうち、うつ病などの気分障害は約169万人と、最も多いカテゴリとなっている。

「しんどい」と口にした瞬間、“甘え”や“怠け”と誤解される空気。

そんな社会のまなざしは、いまや時代遅れだ。

このコラムでは、最新の統計データを足がかりに、制度の限界や社会背景を読み解きながら、

数字の向こうにいる“名前のある誰か”を、読者ご自身の物語として感じていただけたらと思います。

1|【見える数字の意味】── 20年で2倍超、通院者数の急増とその内実

厚労省による2025年版データでは:

・精神疾患の通院患者数:約576万人
・うち、気分(感情)障害:169万人(全体の約29%)

この数字は、2002年の約258万人と比較して、およそ2.2倍。
直近の2020年には586万人というピークを記録し、高水準での推移が続いている。

背景には、医療アクセスや診断精度の向上もあるが、それ以上に注目すべきは「助けを求めてもいい」という空気が、ようやく少しずつ芽吹いてきたことだ。

とはいえ、実際に声を上げるには今もなお、大きな勇気が求められる。

この数字の背後には、いまも“言葉にならない声”が幾重にも積み重なっている。

2|【増加のメカニズム】── 働く世代にかかる”静かな重圧”

社会の中心を担う20〜50代に着目すると、以下のようなストレス因子が浮かび上がる:

・成果至上主義と長時間労働
・リモート化による対人関係の希薄化
・SNSによる比較ストレス
・「自己責任」の価値観が根付いた職場文化

がんばることは称賛されても、つまずいた瞬間「自分のせい」とされる。

この矛盾に気づけないまま、心が限界を迎えて初めてSOSが出されることも少なくない。

私自身もかつて、「弱音を吐いたら、誰にも理解されない」と思い込んでいた。

だからこそ、笑顔を貼りつけながら、心は静かに壊れていった。
――いま思えば、その頃の私は、すでに“限界”だったのだと思います。

3|【見えないグレーゾーン】── 軽度不調が埋もれる構造的問題

うつ病の診断に至らなくとも、日常を蝕む“未届層”は少なくない。

厚労省2024年の調査では、10〜30代の約3割が「不調を感じているが相談していない」と回答。

背景には非正規雇用や一人暮らし、育児・介護の多重負担といった、声を出しづらい生活環境がある。

それは「声を上げなかった」のではなく、「上げても届かない」と感じた社会の側の課題だ。

4|【診断後の出口】── 長期入院というもうひとつの孤立

症状が重く、入院に至る人も少なくない。

精神病床に1年以上入院している人は、全体の約6割。

なかには5年以上、社会と断絶されたままの方もいる。

治療が終わっても、社会復帰という次のステージに進むには、地域・家族・制度の支援が欠かせない。

だが現状では「治療後の孤立」が大きな課題となっている。

“退院”が“孤立の始まり”にならないために、医療の外側にある支援の設計が求められている。

5|【寄り添いの力】──「今日はどんな時間を過ごしましたか?」

うつになった私を救ってくれたのは、“寄り添う姿勢”でした。

生きる意味もわからず、自分に価値を見いだせずにいたある日。

数日にわたり、ある方がメッセージを送ってくださいました。

「今日は、どんな時間を過ごしましたか?」

アドバイスでも、慰めでもなく、ただ私の小さな日常に光をあててくれるような言葉。

その“あたたかい呼吸のようなやりとり”に、私は少しずつ心をほぐされていったのです。

その体験が教えてくれました。

何かをしなくても、“あなた”という存在をそっと見守ってくれる人がいるだけで、人は少しずつ前を向けるのだと。

6|【制度の現在地】── 「あるけれど使えない」壁

厚労省は2017年から「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」の整備を進めてきました。

かかりつけ医と精神科医、訪問看護、地域支援センターとの連携がその柱です。

しかし、実態としては地域差・自治体格差が大きく、

「制度はあるけれど、情報が届かない」「相談先がわからない」といった声も依然多い。

制度は“あって当然”ではなく、“使えることが前提”で初めて人を支えられるものなのです。

7|【根幹的視点】── 制度から“文化”へと移行する社会へ

制度は形として整っても、それを支える“空気”や“文化”がなければ届きません。

・「つらい」と口にできる日常の空気
・助けを求めることが“適応力”として認識される価値観
・家族・職場・学校における“メンタルケアの習慣化”

こうした文化的な土壌があってこそ、制度は“生きた仕組み”になる。

不調を「個人の問題」とせず、“共に抱えられる社会”へ──いま、その視点こそが必要とされています。

8|【世界の潮流】── 海外との比較から見える日本の課題

WHOによれば、世界のうつ病患者は約2.8億人。日本では約500万人。

OECDは「日本には未診断の潜在患者が多い」とし、特に若年層に“見えない不調”が多いと指摘しています。

欧米では、学校や企業でのメンタルヘルス教育が義務化されつつあり、予防と早期ケアが進んでいます。

日本でも「症状の対応」だけでなく、「不調の芽に気づける文化づくり」が問われています。

結び|”あなたの心が正直である”ことを、私たちは支える

数字の裏にいるのは、一人ひとりの人生です。

169万人という統計値は、ただの「患者数」ではありません。

目の前の誰かが、今日をなんとか生きているという“証”です。

助けを求めることは、弱さではない。

それは、未来を見つめる強さです。

そして私たちの社会は、“言葉をかける”“話を聞く”“つながる”という小さな行動の連鎖で、

確かに誰かの未来を支えることができる。

いま、あなた自身や、あなたのそばにいる人の“しんどさ”に、そっと気付く瞬間があったのなら――

それこそが、このコラムの一番の成果です。


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月島しおり
WEBメディア『プロフェッショナルの選択』編集長。
誰かの言葉が、誰かの背中をそっと押すことがある。
一人ひとりの挑戦のそばに、そっと寄り添える存在でありたいと願いながら、日々言葉を綴っています。
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