【はじめに|SNSで見かける“かわいい保護犬”の裏側にある現実】
InstagramやX(旧Twitter)でシェアされる、保護犬・保護猫の愛らしい姿。
思わず「可愛い!」「救いたい!」と感じた経験がある方も多いのではないでしょうか。
しかし、その“保護”の裏側には、過酷な現場と、支援が届かない命があります。
その現実を、どれほどの人が知っているでしょうか。
私はかつて、牧場で「産業動物」として育てられる子牛たちの飼育に携わっていました。
その現場で見たのは、「命を育て、出荷する」という営みの中で揺れ動く感情と、「命を預かる」ことの重みでした。
この記事では、畜産現場の実体験と、動物保護の現場が今抱える深刻な課題を通して、
「動物保護本当の課題とは何か」、そして今、
「私たちに出来ること」を一緒に考えていきたいと思います。
【牧場で出会った、売り物としての命と“心ある存在”のはざまで】
数年前、私は牧場で働いていました。
まだ夜が明けきらないうちに、牛の乳搾りから一日が始まります。
搾乳は健康管理に欠かせない作業で、遅れると乳腺炎になり、命に関わることもあります。
牛舎の清掃や敷料の交換も重要です。
排泄物を放置すると感染症のリスクが高まり、牛たちの快適な環境を守ることが、生産性の維持につながります。
牧場には乳牛、和牛、肉用子牛の牛舎があり、私は主にその子牛たちの飼育を担当していました。
母牛から生まれた子牛を1〜2ヶ月育て、体格や体重が基準を満たすと家畜市場に出荷されます。
価格は体格や性別によって決まり、それが牧場の大切な収益となります。
生まれた瞬間から「売れるかどうか」を見定められる命。
早く大きく育てなければ、餌代や人件費が重くのしかかる。
——そんな現実が、そこにはありました。
けれど私は、動物が大好きで、子牛たちの無邪気な瞳やしぐさに毎日癒されていました。
体長1メートルほどの子牛たちが過ごす牛舎は、まるで牛の保育園のようでした。
朝、牛舎に入ると、それぞれのゲージから顔をのぞかせてこちらを見つめてきます。
餌の準備を始めると、みんなソワソワし始め、与えると一斉に勢いよく食べる――
その姿はとても無邪気で愛らしく、自然と笑みがこぼれました。
けれど、すべての子が元気に育つわけではありません。
中には体調を崩しやすく、餌も水も受けつけず、次第に目が落ちくぼみ、頬がこけ、力なく横たわってしまう子もいます。
私には、そんな一頭の子牛と特別な時間を過ごした記憶があります。
その子は、生まれつき小さく、食も細くて体調を崩しては回復して…を繰り返す日々。
獣医さんに診てもらっても回復には至らず、ついには目も見えず、歩くことさえ難しくなりました。
それでも、私がそばに行くと、ふらふらしながらも頭を上げ、寄ってきてくれました。
見えなくても、声や気配を頼りにしてくれている。
そのことが嬉しくて、私は毎日、できる限りの工夫と愛情でお世話を続けました。
ー安楽死という選択
でもある日、上司からこう言われました。
「もう、これ以上は飼えない。運営上、安楽死させるしかない。」
それは、牧場の経営という現実の中で、どうしても避けられない判断だったのでしょう。
私は理解していたつもりでした。
この子はペットではない。これは仕事であり、命と向き合う現場では、時にそうした決断も必要なのだと。
けれど、目の見えないその子が、私の声に反応し、すり寄ってきてくれるたびに思っていました。
「この子には、心がある。言葉がなくても、ちゃんと、感情がある。」
安楽死が決まった日、私は朝早く、その子のもとを訪れました。
もうエサは与えられず、最後の時間だけが、静かに流れていきました。
私はたくさん撫でて、抱きしめて、こう声をかけました。
「ありがとう。大好きだよ……ごめんね、
次に生まれてくるときは、もっと幸せな場所に、生まれておいでね。」
あたたかくて、やさしくて、甘えん坊だったあの子。
安楽死の注射を打たれると、ほんの数十秒で体の力が抜けていき、命の気配がすーっと消えていきました。
最後まで、何かを感じ取りながら、わずかな力で抵抗し、生きようとする小さな力。
でも、それを止めたのは、私たち人間でした。
静かに、でも確かに、一つの命が消えていった――それは、忘れられない重みでした。
あの時の感覚は、今でも深く胸に残っています。
ー動物保護施設でも同じことが起きている
牧場での仕事を通して、私は知りました。
命を守り、育てていくには、
お金、人手、時間、環境——本当にたくさんの支えが必要だということを。
牧場の現場では、人々が毎日懸命に働き、
乳や肉という形で私たちの暮らしを支えています。
それは、生きものの命を預かる、責任の重い営みです。
しかしこの問題は、牧場だけに限りません。
今この瞬間も、全国の保護施設で、誰かが命と向き合い、支え続けています。
けれども、
・予算が足りない
・場所が足りない
・人手が足りない
命を守ろうとする人たちが、そんな、ギリギリの現実と背中合わせで闘っています。
その結果、本来助けられるはずの命が、日々こぼれ落ちている現実があります。
命に優劣はありません。
ペットであれ、産業動物であれ、野生動物であれ——
すべての命に心があり、愛があります。
動物の命を守るということは、“かわいい”だけでは成り立ちません。
毎日のごはん、掃除、通院、最期までのケア。
その一つひとつが、目に見えない「支える力」によって成り立っています。
今、私たち一人ひとりが「動物保護にどう関わるか」「支援に何ができるか」を考える時が来ているのかもしれません。
【保護施設の“裏側”にある、過酷な日常】
命を守る現場で、今なにが起きているのか?
全国で保護される動物の数は年々増加しており、動物保護施設は限界ギリギリの状態で命と向き合っています。
▶︎最新データから見る、動物保護の現状は、(2024年)
・年間保護された犬猫の総数
約74,200匹(前年比+7%)
・殺処分された犬猫の数
約11,500匹(前年比-5%)
うち民間団体による保護は全体の約58% を占めており、
もし保護団体が存在しなければ、数万匹の命が失われていた可能性があります。
▶︎全国の保護団体とその活動スタイル(2025年推定)
・総数:約2,200団体
– 法人格あり:約35%
– 個人・任意団体:約65%
・活動スタイル:
– 完全な個人宅での保護:約48%
– 小規模シェルター:約35%
– 動物病院などと連携する施設:約17%
現在の日本における動物保護の多くは、個人の無償の努力と献身によって成り立っています。
【保護施設が抱える、3つの深刻な課題】
また、現場が抱える課題を大きく3つに分けると、こんなものがあります。
課題①|資金不足:1匹にかかるコストは月平均2万円以上
動物1匹を保護・管理するための費用は、月平均2万円以上かかります。
例:
・フード代:¥6,000
・医療費・予防接種:¥10,000〜
・ケア用品・トリミング:¥4,000〜
これが10頭、20頭、50頭と増えるにつれ、月の支出は数十万円〜100万円超にのぼります。
また、重症や高齢の動物では、1匹で月数万円〜数十万円の医療費がかかることも。
「あと1万円あれば助けられた命があったかもしれない」── そんな言葉が、現場では日常的に聞かれています。
課題②|人手不足と燃え尽き症候群
保護施設では、多くの作業を限られた人手で回しています。
・1人で10匹以上の世話
・看病、掃除、搬送、譲渡面談、SNS更新など…多岐に渡る業務
毎日休みなく動物と向き合う中で、
過労・孤独・心の疲弊による離脱も少なくありません。
事実、2024年だけで全国100件以上の団体が活動休止に追い込まれています。
課題③|保護の譲渡の壁:救われた命が“戻される”という現実
「やっぱり無理でした」「思っていたより大変で…」
——譲渡後に返されてしまうケースが増えています。
これは「ペット=癒し」「かわいいから飼いたい」といった誤解や、
安易な“お試し感覚”によって起きる深刻な問題です。
一度人間に見放された経験のある動物たちにとって、
再び「戻される」ことは大きなショック。
人間不信や問題行動が悪化し、再譲渡が困難になる原因にもなります。
保護スタッフにとっても、心のダメージは計り知れません。
【SNS発信は命の窓口、それでも心が折れそうになる理由】
けれど一方で、こんな心ない声にさらされることもあります。
・「お金目的でやってるんでしょ?」
・「なんで全員助けられないの?」
・「譲渡条件が厳しすぎる」
そんな誤解や中傷が、支援者たちの心を削っています。さらに、医療格差のある地方では、
・夜間・緊急対応できる動物病院が少ない
・即金で高額な手術費用を求められ、治療を断念するケース
・分割・後払い不可のクリニックも多数
実際に、「目の前の命を助けたくても、お金がない。そんな絶望が何度もありました」との声も。
【保護活動を支える5つの支援方法】
「続ける」ための支援が、命をつなぐ。
支援とは、必ずしも「お金」だけではありません。
「こんな支援でもいいのかな?」が答えになります。
どんな小さな支援でも、命のバトンになります。
①月額支援(マンスリー寄付)
毎月500円〜でもOK。継続的な寄付は、命を守る“土台”となります。
②一時預かり(フォスター)
譲渡までの間、家庭で保護犬猫を一時的に預かる活動。保護施設のキャパを救う鍵となります。
③フード・物資支援
Amazon欲しいものリスト、フード・トイレ用品の寄付、中古ケージなども歓迎。
④SNS拡散・シェア
フォロワー数が少なくても、1人のシェアが“家族”との出会いにつながることも。
⑤現場ボランティア
清掃、散歩、搬送など1日だけの協力でも心から歓迎されます。
【命を守るということは、“愛”だけでは成り立たない】
毎日のごはん、清掃、医療、そして最期までのケア。
それを支えているのは、見えないところで汗を流し続ける人たちです。
もしあなたが、
「自分にできることなんてあるのかな?」と思っているなら、
それこそが最初の一歩です。
・SNSで知ること
・広げること
・応援すること
それらすべてが、命をつなぐ“立派な支援”です。
【命に責任を持つということ】
命に優劣はありません。
ペットや産業動物、野生動物かにかかわらず、
すべての命に心があり、感情があります。
動物福祉を考えるということは、私たち人間にしかできない選択です。
動物たちが本来の行動をとり、苦痛なく生きられる環境を守ること——それは、“保護”や“飼育”だけではなく、人間側の理解と責任によって成り立ちます。
そして、命を支える力は、誰もが持っていると、私は信じています。
誰かの“できること”が、誰かの“もう限界かもしれない”を支える大きな力になります。
あなたの優しさが、見えない命を救う力になりますように。