一匹のカメとの出会いと、命のぬくもり
高校を卒業し、18歳で親元を離れて一人暮らしを始めた頃のこと。見知らぬ土地、初めての仕事、慣れない生活に少しずつ適応しながらも、心のどこかにぽっかりと空いた穴のような寂しさを感じていました。
そんなある日、会社の上司から「知人がリクガメを飼っていてね」と、印象的な話を聞かせてもらいました。おむつをはかせて散歩に出たり、部屋の中をゆっくり歩く姿に、思わず笑顔になってしまうような癒しをもらっているという話。私はその話にすっかり心を奪われ、「私も一緒に暮らしてみたい」と思い立ち、すぐに近くのペットショップへと足を運びました。
そこで出会ったのが、一匹のヒョウモンリクガメでした。価格は2万円ほど。水の中で生活するミドリガメとは異なり、常に陸の上で過ごすその姿は、とても新鮮で、何とも愛らしく思えました。
ペットショップでは他に、リクガメ用のケージ、専用のペレットフード、餌入れ・水入れ、隠れるためのシェルター、そしてアフリカ出身のその子が快適に暮らせるよう、保温用のペットヒーター(爬虫類用の保温ランプ)も揃えました。
手のひらより少し小さなそのヒョウモンリクガメに、私は「がじろう」と名前をつけました。当時テレビCMで見かけた俳優・佐藤蛾次郎さんの名前が心に残っていて、素敵だなと思い拝借したのです。
がじろうは、キャベツが大好きで、日当たりの良い場所での日向ぼっこが日課になっていきました。目を細め、うっとりとするような表情。その顔を見るたびに、私の心もゆるみ、癒されていきました。
朝起きてすぐにがじろうに「おはよう」と声をかけ、仕事が終わって帰ってきたときに部屋の隅にいるがじろうの姿を見つける——そんな毎日が、18歳の私にとって大きな支えでした。
ヒョウモンリクガメの寿命は、飼育環境によっては30〜50年、場合によってはそれ以上とも言われています。野生では約80年〜100年近く生きることもあるそうです。
大きさも最終的には甲長40〜50cm以上になる大型種。だからこそ、がじろうとこの先、何十年も一緒にいられるだろうという希望は、私にとってとても大きな安心であり、喜びでもありました。
しかし——
がじろうとの暮らしは、わずか2年足らずで突然終わってしまったのです。
事故の原因は、私の環境整備の不備でした。
ケージ内に設置していた保温用の電気ヒーター(クリップタイプのバスキングランプ)が何かの拍子で落下し、ケージの床近くにまで下がってしまっていたのです。
その結果、ケージ内が過剰に加熱され、がじろうは逃げ場もなく、熱中症のような状態で命を落としてしまいました。
ヒーターが落ちたときにすぐに気づいていれば。もっと広いケージを用意していれば、逃げ場もあったかもしれない。
もっと何かできたはずだと、何度も何度も自分を責めました。
どんなに後悔しても、がじろうはもう戻ってこない。
「熱かっただろうな、苦しかっただろうな」——そう思うと、胸が締めつけられ、自分の未熟さを恥じ、悔やんでも悔やみきれない思いでいっぱいでした。
がじろうがどういう経緯でアフリカから日本にやってきたのかは分かりません。けれど、少なくとも私のもとで命を終えてしまったという事実だけは、どれだけ時間が経っても消えません。
がじろうは、もっと生きられたはずの命でした。もっと大きく育ち、もっとたくさん日向ぼっこができたはずでした。
それから16年。がじろうの命のことは、今も私の心の中に残っています。
不思議なことが起きたのは、それから13年後、2022年。ニュースで、佐藤蛾次郎さんが逝去されたという報を見かけました。その時に掲載されていたお写真。なんと、佐藤さんの胸元には小さなカメのブローチが輝いていたのです。
偶然でしょうか。それとも何かの巡り合わせだったのでしょうか。私はその瞬間、涙が込み上げてきて、「がじろうが、何かを伝えてくれているのかもしれない」と感じずにはいられませんでした。
もしかすると、こうして文章にすることも、がじろうが私に託してくれたメッセージの一部なのかもしれません。
命と向き合うこと。
環境を整えることの責任。
そして、「ずっと一緒にいたい」という気持ちの先にある“覚悟”を、どう持つか。
今、この記事を読んでくださっている方に、ひとつだけお伝えしたいことがあります。
ペットを迎えるということは、その命の「全部」に向き合うことです。喜びも、成長も、老いも、別れも、すべてを。
そしてその命が、どこから来て、どういう背景を持っているのか——それを知ろうとすることもまた、私たち人間の大切な責任の一つではないでしょうか。
命あるものと共に生きるということは、自然と調和して生きるということ。
それは、「愛おしい」という気持ちを、ただの感情で終わらせず、「行動」に変えていくことでもあるのだと思います。
私の経験が、少しでも誰かの気づきになったなら。
がじろうの命が、ほんの少しでも、未来の命を救うきっかけになったなら。
それだけで、私は救われるような気がします。
このご縁に深く、心より感謝して。
この記事では、自然と調和して生きることの意義や、海外での事例に触れて、読者の皆様と一緒に考えていけたらと思います。
なぜ“自然との共生”が必要なのか
「動物を守る」と聞くと、日本では犬や猫の保護を思い浮かべる人が多いかもしれません。
けれど、世界に目を向けてみると、その考え方はもっと広く、もっと深いものです。
それは単に「かわいそうな動物を助ける」という行為ではなく、命の尊厳や地球との共生といった、私たちの暮らしそのものの在り方に関わる、大きなテーマなのです。
地球環境と動物たちが直面する課題
人間中心の社会が発展していくなかで、自然は次のような問題を抱えています。
・開発による野生動物の生息地の減少
・交通網の拡大による動物の交通事故(ロードキル)の増加
・外来種の持ち込みによる生態系の崩壊
・飼いきれず捨てられたペットの野生化
・気候変動による絶滅リスクの増大と食物連鎖の乱れ
そして2025年現在、地球上の哺乳類のうち60%以上が絶滅の危機にあると報告されています(国際自然保護連合〈IUCN〉レッドリストより)。
これは、アフリカのサバンナや南米のジャングルだけの話ではありません。
私たちの住む日本も、例外ではないのです。
人間の暮らしが便利になる一方で、自然界のバランスは崩れ、
本来あるべき場所を失った動物たちが、命の危機にさらされています。
私たちの“豊かさ”を問い直すとき
私たちはかつて、自然とともに生き、自然を敬いながら暮らしてきました。
けれど、いつしかその存在を“背景”として扱い、「人間のための社会」を築いてきました。
それで本当に、「豊か」と言えるのでしょうか?
「豊かさ」とは何か。
「共に生きる」とはどういうことか。
いま、私たち一人ひとりが、その問いと向き合うときが来ているのではないでしょうか。
自然と動物たちの命が守られる社会は、
私たち自身の命と心を守る社会でもあるのです。
世界に学ぶ|動物と共に生きる10カ国の取り組み
世界には今もなお、
自然と調和しながら暮らす道を選び、
動物たちと共に生きる社会を築いている国々があります。
それぞれの国で生まれた「命との向き合い方」には、
法律、教育、文化、そして人々の意識が深く関わっています。
ここでは、そんな“共生社会のモデル”として注目される10つの国々の取り組みをご紹介します。
① スウェーデン|動物も“個”として守られる社会
スウェーデンでは1990年代から「動物福祉」の意識が高く、
「動物福祉法(Djurskyddslag)」にはこう書かれています。
⸻「動物は感情と知覚を持つ存在として、苦痛・恐怖・不安から守られなければならない」
また、保護施設では「しつけ」よりも「信頼関係を築く」ことが重視され、殺処分率は世界最低水準の0.02%未満。
スウェーデンでは、動物愛護法が日本の約5倍以上の罰則を持ちます。
ペットを長時間ひとりにさせた場合や、十分な食事・運動・睡眠環境が整っていない場合は“虐待”とみなされ、罰せられます。
ペットを飼うには「ライセンス」が必要であり、自治体による定期的な訪問指導が行われています。
さらに、公園内には動物専用のゾーンがあり、“ノータッチ原則”というルールにより、野生動物と人間の適度な距離感が保たれています。
② ノルウェー|命と自然の境界を尊重する国
ノルウェーでは、家畜やペットに対する扱いだけでなく、野生動物への接触も法的に制限されています。
「かわいいから触れたい」「写真を撮りたい」という欲望を超えて、“触れないことこそ愛情”という文化が根づいているのです。
③ デンマーク|街の中に“命”が共にある社会
デンマークでは、動物たちが人間と共に暮らす光景が、日常の風景として溶け込んでいます。
ペットの売買は原則として禁止されており、多くの家庭がペットショップではなく、保護施設から家族として動物を迎えることが一般的です。
その対象は犬や猫にとどまらず、ウサギやヤギ、馬など、さまざまな命が人間の暮らしのすぐ隣に存在しています。
動物たちは“飼うもの”ではなく、共に生きる存在として扱われている。
それがデンマークに根づく、あたりまえの価値観なのです。
④ フィンランド|森とともに生きる教育
国土の73%が森林であるフィンランドでは、自然とともに生きる文化が根づいています。
小学校では「森の授業」や「生き物との共感を育むワークショップ」が導入され、
子どもたちは動物の表情・行動から“気持ちを想像する力”を育てていきます。
国策としても、2022年から始まった「アニマル・ウェルフェア戦略」により、
・家畜に遊び場を提供すること
・群れで過ごせる環境を用意すること
・ストレスの少ない飼育方法を推奨すること
が義務化されており、単に効率ではなく、命の「快適さ」が重要視されているのがフィンランドの動物福祉です。
⑤ ドイツ|ティアハイムという保護の理想形
ドイツでは、ペットショップでの生体販売は極めて少なく、動物の“売買”よりも“譲渡”が当たり前です。
全国には100以上の「ティアハイム(公的保護施設)」があり、ここでは殺処分ゼロを実現しています。
・犬猫だけでなく、ウサギ、鳥類、爬虫類なども保護対象
・どんなに年をとっても、病気があっても、“生涯大切にされる”という理念で運営
・民間からの寄付やボランティアが支えている「市民参加型モデル」
これは「動物は商品ではない」「命は流通されるものではない」という文化の象徴です。引き取り手が見つかるまで、何年でも大切に飼育される体制が整っています。
⑥ イギリス|動物愛護先進国のリーダー
イギリスは、1822年に世界で初めて「動物福祉法」を制定しました。
RSPCA(王立動物虐待防止協会)という団体が中心となり、「動物も感情を持つ存在」として命の価値を学ぶ、全国的な教育・啓発活動が行われています。
⑦ オーストラリア|災害から生まれた命の共感教育
2020年、森林火災で1億以上の動物が犠牲となったオーストラリア。
その悲劇をきっかけに、各地で「命を学ぶ教育」が広がりました。
・子どもたちが動物の保護活動に実際に参加
・学校カリキュラムに「命の保護」「野生動物との共存」が組み込まれる
・森林火災後の野生動物救助プロジェクトが常設
・「保護犬と一緒に学ぶ小学校」などが存在
・山火事で親を亡くしたコアラの子どもに、学生たちが作った“ぬいぐるみママ”が寄り添う写真が世界中で感動を呼びました
ここでは命が「教材」ではなく「共に生きる存在」として教えられます。──
それがオーストラリアの「共生教育」です。
⑧ コスタリカ|国土の4分の1を自然に還した政策
かつて森林破壊が深刻だったコスタリカは、1980年代に大転換を図りました。
農業・牧畜をやめ、“エコツーリズム”を国家戦略として推進。
その結果、森林被覆率は1987年の21%から、2025年には57%超にまで回復。
国土の約25%が保護区として管理され、世界中の研究者や観光客が訪れています。
この国では、「動物を見に行く」ではなく、自然の中に“お邪魔する”という価値観が文化として根づいています。
⑨ チリ・パタゴニア|民間から生まれた“自然回復のムーブメント”
チリ南部のパタゴニア地方では、アメリカの環境保護活動家夫妻が、
私財数百億円を投じて数十万ヘクタールの土地を買い取り、国立公園として寄付しました。
このプロジェクトにより、消えかけていた野生動物が再び森に戻り、
地域経済も観光収入で潤うという「経済と保全の共生」が実現しました。
⑩ 南アフリカ|野生動物を“地域資源”とする仕組み
南アフリカでは、野生動物の観察・研究を目的とした“保全型ツーリズム”が盛んです。
サファリツアーは単なる娯楽ではなく、動物を守りながら、雇用を生み出す仕組みになっています。
・年間観光収入:約20億ドル(2024年・WWF統計)
・野生動物による就業者:約14万人以上
さらに近年では、学校教育において「動物の目線で自然を捉える」授業が導入されており、
未来を担う子どもたちが「自然を尊敬する心」を学んでいます。
命と自然を大切にする社会の共通点
いかがでしたでしょうか?
世界のさまざまな国々で実践されている動物福祉や、自然との共生の取り組み。
そこに共通して流れているのは、「命とどう向き合うか」という深いまなざしです。
動物たちは「管理される存在」ではなく、
ともにこの地球に生きる“パートナー”として尊重されています。
感情や意志を持つ一つの命として、苦しみや恐れから守られるべき存在であること。
そして私たち人間もまた、自然の一部として生きているという気づき。
命の価値を「効率」や「生産性」で測るのではなく、
共に感じ合い、支え合いながら生きる社会を育むこと。
それこそが今、世界のあちこちで静かに芽吹いている“新しい豊かさ”のかたちです。
SDGsと動物保護のつながり
2025年の今、私たちが生きる社会は、「環境」「経済」「人間関係」すべてが“持続可能性”を問われる時代です。
そして、《動物との共生もまたその一部として、SDGsやESGの視点から注目を集めています。》
【SDGsと動物保護】
・目標15「陸の豊かさも守ろう」には、生態系と野生動物の保護が明記
・動物福祉と森林・水資源の保全は、地球の“生命維持装置”に直結
【企業のESG投資・CSR活動でも注目が高まる分野】
・動物保護団体とのコラボ(収益の一部を寄付)
・ペットフレンドリーなオフィス設計
・保護犬・保護猫の譲渡サポート制度の導入
今、動物は「守るべき対象」から「社会を良くするパートナー」へと位置づけられつつあるのです。
この流れは、持続可能な未来に向けた“命との調和”の歩みでもあります。
今日からできる小さなアクション
海外のような制度や文化をすぐに取り入れることは難しいかもしれません。
でも、今日からできる小さなアクションは、きっとあります。
・「かわいい」だけでなく「命の責任」を考える
・野生動物にやさしい製品(FSC認証、クルエルティフリー)を選ぶ
・SNSで海外の価値観や情報をシェアする
・ペットを迎えるとき、“引き取る”という選択肢を思い出す
・動物園よりアニマルシェルターへ足を運ぶ
・自然体験型ワークショップに親子で参加
・命の授業に使える絵本やドキュメンタリーを活用する
・森林浴、ビーチクリーン、地域の里山保全活動など
・自然の静けさに身をゆだねることで、心にも“調和”が生まれます
おわりに|小さな命が教えてくれた静かな祈り
全ての命に優劣はありません。
犬だから尊い、猫だから愛される、ではなく、
すべての命が「存在を認められる」社会こそが、本当の意味での共生です。
未来を変える力は、国の法律でも制度でもなく、
「気づいた一人ひとり」の中にこそあります。
思いやりのある選択。
命にやさしいまなざし。
そして、「共に生きる」という感覚を、静かに取り戻すこと。
たとえば、ペットを迎えるとき。
その命がどこから来て、どんな背景を持っているのかに思いを馳せてみること。
今そばにある命に、少しでもやさしい環境を整えていくこと。
そんな日々の小さな積み重ねが、
世界と命の未来に、静かな光を灯していく——
その力を、私たちはすでに持っているのです。
がじろうの命も、私の未熟さも、深い後悔も、すべてを超えて。
いま私は、ひとつの確信とともに、こうして言葉を綴っています。
「愛おしい」という気持ちを、祈りにとどめず、行動に変えていける人でありたい。
そう願うすべての人に、心からのエールを込めて。